16:つまらない男

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「おい、聞けよ」  マクブライトが飽きずに話を続ける。 「それでな、その女に『おれはつまらんのかもしれんが、おれの知っている面白いヤツらは、人に向かって『つまらない』なんてことは言わない。知ってるか? 面白い物、立派な物しか有り難がらないヤツらのことを世間では俗物(スノッブ)って言うんだぜ』って言い返してやったのよ。それがなぜか地雷だったみたいでな。ビビビッと、スサマジイビンタが炸裂よ」 「そういう手合いは、自分がだと思っていることが多いですからねえ」  トキオが笑う。 「特別なヤツなんてどこにもいねえよ。なんで若者は、どいつもこいつも自己顕示欲っつう、クソの役にも立たない呪いにかかるんだろうな。それによ、芸術だ文学だってのは――」  煙草を深く吸うマクブライト。 「――おれに言わせりゃ、すべてウンコなのさ」 「はあ、つまりどういうことですか?」 「なんの意味もない、ただの排泄物だってことだ」  言って、マクブライトは根本まで吸いきった煙草を窓から放り捨てた。 「結局、絵でも音楽でも文学でもよ、創作物ってやつは、所詮は赤の他人が考えたり感じたりしたことを、もっともらしく表現しているだけの代物なんだ。平たく言えば、ゴテゴテとわけの分からない物で飾りつけられた自分の臭くてしょうがないウンコを、他人の鼻の前につきつけて『どう思う?』って訊いているのと変わらねえよ」 「平たくというより、むしろ極論でしょう? おれもそんなもので世界が変えられるとは思っちゃいませんが、それでも個人のレベルでは、なにがしかの影響を与えられるでしょうよ。それでその人の人生が少しでもいい方向に向かえば、じゅうぶん(おん)の字だと思いますがねえ」 「どっちでもいいし、だからおれは、めんどくさい女が嫌いなんだ」 「年甲斐もなくチャコに惚れてるくせに?」  ハナコが鼻で笑う。 「チャコちゃんはめんどくさくないぞ。お前には分からんのか、あの娘の目に宿る知性の光を」 「あんた、ほんとに女を見る目がないな。チャコはいい女だとは思うけど、あたしが知るかぎり、だよ」 「だからいいんだよ」 「支離滅裂だね。さっきと言ってることがちがうぞ」 「恋は盲目、あばたもえくぼだろうが」  言ってマクブライトが馬鹿笑いをし、アリスが無邪気に鳴らした笑い袋の高笑いと不快なハーモニーを奏でた。 「まあ、あんたの下らない与太話はどうでもいいよ。つぎは五番へ向かうの?」 「ああ、一応な。国道をまっすぐに行ったほうが早い。お前がバーで、再三バカみたいに見たい見たいと騒いでいた、《薔薇の迷宮(ローズ・ラビリンス)》にもついに訪れることができるぜ」  農業地帯である五番街では生花栽培も行われており、そこの観光を目的として訪れる、二番以上の街に住む貴族様たちも多いと聞く。 『不思議の国のアリス』への憧れがいまだぬぐい去れないハナコは、折に触れて、五番街で一番の景勝地であり、そしてまた八年前に五番街一帯を襲った《大震災》の復興の象徴とも言われる《薔薇の迷宮》を訪れてみたいと思っていた。  だが今回そとに出たのはあくまでも仕事のためで、生憎なことに、その仕事にはタイムリミットがある。  あまり頭の良いほうではないという自覚はあるが、それでもピクニック気分でお花畑の観光をしている場合でないことくらいは、さすがに分かる。 「五番はすぐに抜けよう。そんなところを見ているヒマはない」 「お前、仕事に対してはマジメだな」 「今回の仕事は特にマジメにやらなけりゃいけないんだよ。なんせ、コレが終われば、あたしは自由の身だからな。そうなったら、《薔薇の迷宮》にも、行きたいときにいつでも行けるしね」 「自由になったら、何をするつもりだ?」 「そうだねえ――」  鎖を解かれたあとの夢を語り出そうとしたその時、背後から爆発音が轟いて車が大きく揺れ、ハナコはフロントガラスにしこたま額を打ちつけた。  眼前で火花のごとくきらめく無数の星にくらくらとしながら振り向くと、遠くに赤い土煙をたてながら車へと近づいてくる五台のデザートバギーがリアガラス越しに見えた。 「なんだアイツらは?」  額をおさえながら訊くハナコ。 「……ゲイです」  双眼鏡でデザートバギー群を注視するトキオが、見る見る間に青ざめていく。 「なんで奴が?」 「ゲイだって?」  勘違いしたマクブライトが眉根を寄せて訊く。 「おれの昔馴染みです」  言って、トキオはリアガラスを上に開き、アサルトライフルを構えた。
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