妻(沙織)

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悩んだ私は将来を(うれ)いて、その話を円香にした。 円香の父親も雅人のような女を見下す男で、円香の母は疲弊(ひへい)していたらしい。  その姿に私の姿が重なったのか、彼女は「ただ離婚するだけではダメだ、策を凝らして痛めつけるのが1番」と言った。  暴力を受けている訳ではないし、何もそこまで、と最初は円香の案に私は難色を示した。  しかし、家に帰って、雅人に「お前の鈍臭さは目に余る、誰の金で生活出来ると思ってるんだ、もっと感謝しろ」と罵られ、バカにされる度に恨みが募り、私の考え方も段々と変化していった。  結婚して三年で、私の我慢は限界に達した。 『離婚するとしても、正社員でもない沙織が確実に老後も安心して生活を出来るようにしないと』  円香は初めて雅人と会った時から、彼から連絡を受けていた事を私に告げた。  妻の友人に手を出そうとする醜さ。愚かさに吐き気がした。雅人に情けは無用だと思った。 『連絡先を聞かれた時は、まさかね、と思った。当り障りない返事はしてたけど。沙織を傷付けたくないから黙ってた。どうする? ただ離婚するだけじゃ、この先不安でしょ? どうせならお金を根こそぎ巻き上げたいよね』 『私はお金がないから、雅人からお金を巻き上げたい。どうせなら、巻き上げるだけ巻き上げてから、どん底に落としてやりたい、円香協力してくれる?』 私の言葉に円香は妖しく笑った。心から楽しんでいる笑顔だった。 『私は好きでもない男とも寝れるし、雅人の相手は出来るから良いよ。ただの浮気がまさか妻に操作されているとは気づかず、せっせと浮気相手の女に金を運んで、その金は浮気女と妻で山分けなんて考えもつかないだろうね。お小遣いが増えて嬉しい』 私を(さげす)む雅人の歪んだ顔が浮かんだ。 「バカでのろまな何もできない女」 「鈍臭い、役立たず」 「お前は家政婦以下だ」 次々と浴びせられた罵倒。 『浮気されてるのに気づかないバカな嫁、って思わせておいて、  実は、’’浮気をするように仕向けられている’’、事に気がつかない、なんて滑稽(こっけい)すぎ』  それから私はひたすら鈍臭い女を演じきった。 隠したいことがある時は隠すのではなく、別のものに意識を向けて、尚且つ彼自身にもやましい出来事を作れば完璧だった。 作戦は功を奏し、雅人は円香にせっせとお金を運び始めたーーー。  円香と約束をした日、私はホテルのラウンジに座って、美しい彼女を待った。  ラウンジに居る従業員の男にアイスコーヒーを頼む。氷が解けると味はやや薄くなるけれど、温度は最初から冷たいまま。どんなに寒くても私はホットを頼まない。ホットは冷める前に飲み干さないと風味が変わってしまう。 でも、最初から冷えていれば、温度変化なんて気にする事はない。  私の結婚生活のよう。 そう、自嘲(じちょう)して、この世で一番、一緒に居たい人の姿の登場を心待ちにした。
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