後ろの理解者・ep3.5

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後ろの理解者・ep3.5

 2021年・夏。  前年に猛威を振るった新型コロナウイルスの影響で、1年延期された東京2020が盛大に行われている。周囲が盛り上がるほどに興味が失せる、天邪鬼体質の四之宮紫音(しのみやしね)でさえ、今日はテレビ観戦中だ。それがルールも知らない「近代五種」であるのが彼女らしい。  ワクチンが開発され、コロナの脅威はひとまず去った。平和を取り戻した世界。だがしかしウイルスは今この瞬間も、虎視眈眈と人類を狙っているのだ。  残念ながら、紫音の体にも危険な新種ウイルスが巣食っていた。忍び寄る恐怖。だがまだ潜伏期なので本人は知る由もなく、「今日は目の調子が良くてテレビが見やすいわ」などと、呑気なものだ。  紫音の体内…左肺下葉。ここに、コロナに続き世界的蔓延を狙うウイルスの一団がいた。  ウイルスの世界には、種族単位の「(おか)しの王国」がある。むろんスイーツとは関係ない。一切関係ない。  中でもインフルエンザ、ノロ、新型コロナなどの列強は、かつてのオスマン帝国の如き巨大勢力だ。だが辺境には名も知れぬ「侵しの王国」が無数にあり、それぞれが次代のコロナを目指して凌ぎを削っている。世知辛いのは人間界と同様だ。    紫音に巣食う「侵しの王国」は、女王が頂点に君臨するUK式であった。左肺上葉にはひっそりと女王の間が設えられている。 「女王様、お召し物をお持ちしました」 「お入り。楽にしてよし」  女王の名は諸奈(もろな)。勢力的にはまだ弱小だが、世界的蔓延が見込めるニュー・パワー・ジェネレーションとして名が知られ始めている。その理由は、諸奈女王の慈愛と恐怖に満ちた独特な戦略にあった。  ウイルスというと、出来損ないの悪魔のような見た目を想像する向きもあろう。だがあれはおおむね虫歯菌だ。誤認は良くない。ウイルスと菌は違うのだ。  事実この諸奈女王は、真っ白な肌に吸い込まれるような碧眼、かつ巨乳で極細ウエストの超絶美女だ。人間ならばパパラッチが列をなすレベルの、王国の最高のイコン。着替えのため黒のランジェリー姿になった女王は、同性の侍女さえしばし見惚れるほどの美しさである。 「女王様、今日も見目麗しくていらっしゃる」 「お世辞はいいわ、侍女A。『Vクイーン』たるもの、美しくあることも勤めのうちなのだから」 「ウイルスの女王で『Vクイーン』…でもその称号、A◯やVシ○マの女王みたいで、今一つ高貴さを感じないのは私だけでしょうか」 ピシッ! 「あっ!」  女王は目にも止まらぬ速さでガーターベルトから鞭を取り出し、侍女Aに躊躇無く振り下ろした。 「おだまり。私はね、『ウイルス』というナメた呼ばれ方を一掃したいのよ。だって私たちは『VIRUS』。本来は『ヴァイルス』でしょう。Vを強調しないでどうするのよ」 「は、はあ」 「いい?『ウ』じゃなく『ヴ』よ。最初は下唇を噛む感覚…『ヴ感』を掴むことね。全ては『ヴ感』から始まる…」 「女王様、そのくらいでご勘弁を。でも『ヴイルス』はとても言いにくいです」 「違う!『ヴァイルス』だっての…ああどっちも言いにくい!ウイルスでいいわもう」 「昔の人もそうやって、『ウイルス』に落ち着いたのでしょうね…」
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