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東京都での生活は電車を用いることが多い。交通の便が豊かな分、免許証すら持たないという若者まで増えているそうだ。
しかし美由紀は免許を持っていた。車を運転するのが好きなのだ。自分の手で大きな機械を動かし、目的地に向かう行為をとても好んでいる。
真っ白なフィットに乗り込み、アクセルを踏んでマンションから這い出た。妹の大学までは慣れた道のりで15分程度。美由紀にとっては散歩のようなものだった。
比較的大きな建物は薄い銀色の外壁で、いかにも都心部といった建造物だった。大学の前に流れているような車道の端に車を停め、優里を待つ。
目の前にはエントランスから流れ出ていく大学生たちがイワシのように動いていた。川に飛び込む魚群は皆満足したセックスをしているのだろうか。アパートの一室で汗だくになりながら、サークルの飲み会後に酔った流れで、色々な展開があるのだろう。エンジンが切れた車内で美由紀はシートに背を預けて短いため息をついた。
助手席の窓が小さく叩かれる。優里は茶色の巻き髪を胸元まで下げていた。同じ髪の長さだが、黒と茶色では印象がまるで違う。
「いやー、買い物楽しみだね。」
扉を開けてシートに滑り込んできた優里は少し強めの香水をつけていた。この感覚は前にもあった。シートベルトを身につけて美由紀は言う。
「またやったの?」
同じくシートベルトを着ける彼女はぶかっとした薄紫色のパーカーの裾を直しながら言った。
「まぁね。セフレの処理は大変ですよ。」
そう茶化して言う彼女は美由紀と違ってセックスを楽しんでいた。彼氏がいない分、多くの男性と寝たいのだという。自分の性欲が遺伝してしまったのだろうか。どこでどうやったのかは聞かないでおいた。
大学前からフィットを川へ滑り出し、鮫のように道路を泳いでいく。目的のショッピングモールまでは30分あった。
「お姉ちゃんさ、これからどうするの。」
2人は会うと決まって美由紀と誠一の話をしていた。美由紀にとって数少ない相談相手だった。ハンドルを切って太平洋のように大きな車道に繰り出し、美由紀は不安そうに口から言葉を零した。
「方法が分からないんだよね。毎晩抱きしめて確認はするけど、ダメなんだよね。」
美由紀がそう言って、優里は溜め込んでいたような息を漏らした。
「お姉ちゃんさ、甘いよ。夜に抱きしめるだけで4年もセックスレスな男の人を蘇らせることができると思ってるの?」
右手を目の前で横に振り、優里は助手席のシートに深く座り込んだ。赤信号で停止し、美由紀は優里を見た。
「じゃあどうしたらいいの?」
「簡単だよ。もっと激しくすればいいの。」
どういうことだろうか。少々小ぶりなバックを膝の上に置き、優里がさごそと中身を探っていった。取り出したものを見て、美由紀は少し声を上げてしまった。
「優里、何持ってるのあんた…。」
美由紀の前でそれを振り、彼女は言う。
「ディルドだよ。ああ、もちろんこれは電動じゃないけどね。」
肌色のペニスを模した性玩具はやがて彼女のバックに戻っていった。平然とした表情で優里は言う。
「こういう派手なオナニーをしてさ、誠一さんに見せるの。目の前で奥さんがエッチなことしてたらさすがに何か反応すると思うんだよね。直接的な刺激の方が良くない?遠回しよりもさ。」
確かにその通りなのかもしれない。この4年何も変わらなかったのは、自分からの積極的なアプローチが無かったからだろう。最後の賭けのような手段だが、ここは優里の言う通りにした方がいいのかもしれない。
「誠一さんがまた元気になれるように私も手伝うよ。」
そう言ってにっこりと笑う優里を見て、美由紀は改めて彼女が妹でよかったと感じた。美由紀が大学生2年生の時に交際を考えていた男性との恋愛相談に、彼女は10歳ながら的確なアドバイスをくれたことがあったのだ。きっと幼少の頃から恋愛体質なのだろう、そんな彼女がどこか羨ましくもあった。
信号が青に変わり、アクセルを踏み込んだ。薄暗い闇に一筋の光が差したように思えて、美由紀は知らぬ間に微笑んでいた。
誠一が会社の同僚と飲みに行くと予め聞いていたため、晩御飯は優里と済ませた。一体どこから情報を仕入れてきたのか分からない小洒落たイタリアン、ささみとズッキーニのオリーブ炒めが口内で今もなお芳ばしく香る。
美由紀はソファーの真ん中で、優里から受け取った肌色のディルドを眺めていた。4年もセックスの経験がないと自分が処女に戻ってしまったような初々しい感覚になる。ローションで濡らした方がいいのだろうか、受け取ったのはディルドだけである。
「ただいま。」
少しだけ火照っているような、温かみのある誠一の声に彼女はハッとした。慌ててグレーのスカートのポケットに滑り込ませる。
「美由紀、起きてたの。」
もう23時半になっていた。真っ白な肌がほんのり紅く、やはり酒の力は偉大だと感じていた。
「うん。あのさ、ちょっと話があるんだけど。」
ネクタイを緩めて、誠一は美由紀の隣に腰掛けた。不思議そうな表情をしているが、美由紀は心に決めていたのだった。生唾を飲んで彼女は切り出した。
「2人で一緒に乗り越えない?私ももっと努力するからさ。そろそろ、子どもだって欲しいし…。」
最後の言葉は優里からのアドバイスだった。男にとってプレッシャーになるのかもしれないが、殺し文句に繋がることだってある。それに美由紀は、誠一ならそう言っても受け入れてくれると信じていたのだ。
白く、それでいて男らしくごつごつとした両手が美由紀の手を覆った。2人の視線に割って入ってくるように掲げ、誠一は言う。
「ごめんな。俺のためにそこまで思ってくれて、俺は何もできなかった。いや、しなかったんだ。だからこれからは俺も頑張るよ。いつも1人で背負わせてしまって、本当にごめん。」
誠一の目が潤んでいたのは、酒の勢いもあったのかもしれない。ただ美由紀はそれでよかった。なんとか泣かないように唇を中に入れ込んで、落涙に耐える。久しぶりに家庭が笑顔に包まれていった。
「それじゃ、始めるよ?」
ソファーに背を預けて、ボクサーパンツ1枚になった誠一は頷いた。淡いピンクの下着姿になった美由紀は、ソファー前の小さなテーブルの上に立って彼を見下ろしていた。部屋の明かりが煌々と彼女の肌を照らしており、妙な緊張感があった。
彼女の足元には吸盤で引っ付いたディルドがある。ゆっくりと腰を下ろし、クロッチを横にずらす。洗いたての膣は少し湿っていた。指で小陰唇を引き延ばすようにして、ディルドの先端を膣口に宛てがった。
「ちょっと待ってね…。」
まだ準備は万端ではない。徐々に慣らすように、性玩具を呑み込んでいく。意外にもシリコン素材の張形は彼女の膣内を満たした。
誠一は呆気にとられたような表情だった。数年ぶりに見る妻の秘部をじっくりと堪能しているようにも見える。先ほど風呂場で整えた陰毛はとても短く、張形を呑み込む膣を露わにしていた。
「んっ、はぁ…。」
下腹部を満たすモノは少し冷たく、温もりを感じない久しい感覚に、美由紀は思わず声を漏らした。もしかしたらすぐに絶頂を迎えてしまうかもしれない。しかし美由紀の腰と手は止まらなかった。
薄いブラジャーの上から乳房を両手で鷲掴み、パンの生地をこねるように揉んでいく。腰を上下に振って快感を得るのに必死な姿は、誠一の目にどう写っているのだろうか。そう考えるだけで、美由紀の体は膣分泌液を生み出していた。
「あなたっ、あっ…見てる…?」
じゅぷっと派手な水音が鳴る。誠一はあぐらをかいたまま、美由紀の膣を見ている。
「ああ。見てるよ…。」
どうやら反応はイマイチだった。少し残念な気持ちになったが、それは仕方のない話だ。車内で聞いた優里のアドバイスを思い出す。
4年も経てば人はあらゆることを忘れていく。テレビの前でかぶりつくようにオリンピックを見ていても、4年後に同じ競技を見て前回は誰が金メダルを獲得したのか、おそらくほとんどの人間が覚えていないだろう。だからこそ新鮮に見ることができる。4年もエロスを知らずに生きていた彼の目の前で、美由紀は荒ぶった。
「あっ、いっちゃう、いくっ。」
尻を小さなテーブルに押し付け、両膝を突き合わせて美由紀は絶頂を迎えた。びくんと全身に電撃が走ったような感覚が旋毛まで残る。小さな喘ぎ声を漏らして、膣内でディルドを包み込んだままへたり込んだ。
「美由紀、ごめんな…でも、すごく綺麗だった。」
平坦なままのボクサーパンツを見て、美由紀は少し微笑んだ。これでよかったのだ。美由紀も絶頂を迎える、いつ来ても大丈夫なのだと思わせることが大事なのだ。
ディルドを抜き、テーブルから降りて2人は4年ぶりに真正面から抱き合った。肌の密着感が懐かしく、こんなにも誠一が愛おしいのだと実感する。涙と愛液をカーペットに垂らし、懐かしい体温を抱いた。
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