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4
美由紀とセックスレスになって4年が経った。
もちろん彼女の存在は大切だ。誠一自身、一度も他の女性に靡いたことも、体を重ねたこともない。不倫という行為は裏切りだ。しかし自分の状況を心配した友人たちは積極的に他の女性との性行為を勧めてきた。
彼女が悪いのではない。だが誰も信じてはくれなかった。
金田順子は理想の母だった。酒に溺れて女を食い散らかす獣のような父と違い、いつも自分を愛してくれる。金田賢介という”最悪な父親”にはならないように、誠一は心掛けていた。
しかし順子の死があり、全てを失ってしまったような虚無感に包まれた。心臓に起こった阻害は順子を終わらせた。
美由紀に相談して一緒に住めばよかったのか、実家を離れてから何かできることはなかったか、残された者にとって最大の苦痛は後悔である。これは一生消えてくれない。
きっと母はそんなことないよ、自分を責めないで、と自分に言うことだろう。じゃあそれを伝えてくれる術があるのか。どこかの誰かが順子と会話する機会を与えてくれるのか。
そんなものはないと分かっていても、行き場のない怒りと悲しみは増えていくばかり。それが何れ虚無感に繋がり、誠一は勃起不全となった。
4年という月日は恐ろしい。毎日のように深夜目が覚めてはこっそり家を出てタバコを吸うのが日課になっていたのだが、ベッドから這い出る時に見る美由紀の寝顔には徐々に老いが見られる。自分に釣り合わないほどの美人だと思っていたが、年とストレスには敵わないのだろう。もしかしたら自分のいないところで彼女の妹に愚痴をこぼしている可能性だってある。そういったネガティブな感情は肺を満たすニコチンでも掻き消せない。
そんなある日、同僚との飲み会終わりに美由紀から伝えられたのだった。一緒に乗り越えよう、赤ちゃんが欲しい。大きなプレッシャーが背にのしかかったような感覚を覚えたが、それでよかった。一緒という言葉が誠一を安心させたのだった。
そこからは毎晩美由紀の自慰行為を拝む日々。裸に近い状態で鑑賞していたが、日を追う毎に彼は疎外感を得ていたのだ。
自分はエロスを感じることができない、しかし目の前の彼女はエロスを十分に感じている。彼女の優しさが痛かった。
ただこれではいけない。ここで自分が元に戻っても意味がない。だから誠一はアプローチを仕掛けた。ディルドを自分のペニスに見立ててセックスの真似事をすれば、体が思い出すのではないか。そうすれば本能的にペニスも硬直するのではないか。あやふやな期待を抱いて、4年ぶりに誠一は妻を抱いた。
結果から言うと、最悪だった。
これは自分の性格のせいなのだろう。確かに自分の真下で喘ぐ妻は魅力的だった。この4年間、アダルトビデオは何度か見た。自分でも治してみせよう、そう思っていたのだ。いざ目の前で久しい美由紀の悶える姿を見て、誠一の疎外感が決定的になってしまった。
今彼女が喘いでいるのは自分のペニスではない、自分が動いているのに、彼女の体内を満たすモノは自分のモノではない。自分からのアプローチにも関わらず、何故か誠一は精神的に追い込まれてしまっていた。
目の前で絶頂を迎えた美由紀は、余韻を味わいながら眠りについた。まだペニスを抜いてもいないのに、余程久しい感覚が気持ちよかったのだろう。誠一は彼女を起こさないようにゆっくりとディルドを引き抜き、ボクサーパンツから外した。先端に光る愛液がリビングから差し込む微かな光に当たって煌めいている。ベッド脇の棚に置いてあるティッシュでそれを拭き取り、上段の棚に仕舞った。クローゼットからグレーのパーカーとぶかぶかのジーンズを引っ張り出し、誠一は家を飛び出した。
商店街と住宅街の真ん中に位置する2人の住まいは、夜になっても街灯で道を示している。近くのコンビニまでは徒歩30秒といったところだ。
嫌に光るコンビニに入り、真っ先にトイレへと駆け込んだ。鍵をかけてジーンズとボクサーパンツを下す。柔らかいままのペニスを右手で握りしめ、がむしゃらに扱いた。
「くそっ…なんでだよ…。」
一向に熱が入らない。目を瞑って瞼の裏に数分前の妻を描いてみても、ペニスは硬直しない。段々と自分の姿が哀れに思えて、左手を壁についたまま、誠一は上から溢れ出る液体を止められなかった。
「ごめんな…美由紀、ごめん…。」
自分への怒りが大粒の涙に変わり、ペニスの先端に落ちた。
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