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6
新しい販売促進イベントを任された誠一の足取りは重かった。マンションが見えてネクタイを緩め、深くため息をつく。池袋のショッピングモールで行う予定のウォーターサーバーのセールスプロモーションはかなりの一大イベントで、誠一の勤める会社では業界の新たなステージに駆け上がると掲げており、そのプレッシャーが重かった。
そして誠一を追い詰めているものはイベントだけでなく、美由紀とのこともそうだった。3日前のデート以降、2人に会話はない。あんな情けない姿を見せて、もしかしたら美由紀から離婚を告げられてしまうのではないか。彼が想定していた最悪の事態はそれだけではなく、不倫という可能性もある。自分の父がしてきた行為を、美由紀がしてしまうかもしれない。一抹の不安は拭えることなく膨大するばかりだった。
ロビーに入ってエレベーターを上っていく。家に帰るという当たり前の行動が徐々に苦痛になっていた。
ドアノブに手をかけ、扉を開ける。普段なら晩飯の匂いが香る廊下が闇に包まれていた。もう寝てしまったのだろうか、仕方がない。書斎にこもって仕事の続きでもしよう。そう思ってリビングの扉を開けた。
金田家から一切の光が消えている。妙な不安を抱いてしまった。
「美由紀?いるか?」
誠一の声が虚しく壁に染みていった。物音すらない自宅は別世界のようだった。
ジャケットを脱いでソファーに掛け、カバンを持ったまま廊下に戻る。左手の扉を開けて、書斎に入った。煌々と輝く誠一の部屋には彼の趣味が並んでいる。ロックバンドのCDやライブグッズ、学生時代にやっていたサッカーのユニフォームや、有名な選手に書いてもらったサインの入ったサッカーボール、仕事用のファイルも並んでいる。
オフィスチェアを引き、勢いよく腰掛けた。デスクトップパソコンの電源をつけると、ファスナーを下ろすようなじいーとした音がする。黒から白に変わる画面、会社からのメールをチェックしようとフォルダを開いた時だった。
「あれ、件名も無いしアドレスも知らないな…。」
ロックバンドのファンクラブからのメール、仕事用のメール、様々な未読のメール欄に見覚えの無いアドレスが1件入っていた。マウスで矢印を合わせ、左上を二度押す。
メールに本文はなかった。しかしその代わりに、動画ファイルが添付されている。誰かからのいたずら、迷惑メールだろう。くだらないなと思って削除しようとしたが、何故か妙に気になってしまった。
妙なURLではない時点で詐欺サイトではないだろう。妙なアダルトビデオのサンプル映像でも流れるのだろうか。頬杖をつき、右手でマウスを操作し、矢印をファイルに合わせた。
画面いっぱいに表示されたのは室内の映像だった。真っ白なベッド越しに見える大きな窓、その向こうには東京タワーが赤く燦々と輝いていた。
なんだろうか。やはり大したものではないのだろう、動画を閉じようとした時、動画に動きがあった。
バスローブが両端から覗く。右手が男性、左手が女性だった。その事実が分かったのは、バスローブがはだけた時に見る裸体だ。黒いレースの下着。胸までかかる黒髪には艶があった。
やがて2人は抱き合った。画面には映っていないが、おそらく濃厚なキスを交わしているのだろう。男は女の乳房を揉んでいる。一方の女は男が履いているボクサーパンツの前開きに手を伸ばして布越しにペニスを刺激していた。
やがて女性がこちらに背を向き、ベッドに倒れ込む。彼女の後頭部と男の姿しか見えていないが、何故か胸騒ぎがした。
彼の思いとは裏腹に愛撫が続いていく。数分経過して、女性の横顔が露わになる。自分でも驚いていたのは、人は混乱すると言葉が勝手に漏れてしまうのだ。
「み、美由紀…。」
見慣れた彼女の横顔がベッドに沈んで、男性に愛撫されている。乳頭を舐められ、切ない喘ぎ声が聞こえた。美由紀の声だった。混乱に包まれる誠一は、なぜか画面から目が離せなかった。
『ねぇ、挿れて?』
切ない声が画面から聞こえ、男性は頷いていた。美由紀には釣り合っていない、どこか飄々とした男がボクサーパンツを脱ぎ、反り立ったペニスを露わにする。彼女の両足を持って開かせ、ごそごそと動いた。
『ああっ、いい…すごいよっ…。』
すぐに男は腰を打ち付け始めた。じゅぷっと音が鳴り、小山のような乳房が揺れている。
「おい…やめろよ…。」
そう呟いて項垂れた時、誠一の歪んでいた表情から緊張感が消えた。
スラックスが尖っている。4年ぶりの勃起は知らぬ間に熱を持っていた。
過去にこんな話を聞いたことがある。とある野球選手がランニングホームランを達成した際に、ホームベースにスライディングをして立ち上がり、チームメイトの元へハイタッチをしに走っていくと、何故かチームメイトの表情から笑顔が消え、驚きに変わっていく。そしてその選手自身も何故か上手く走ることができないのだ。妙な違和感に思わず足元を見ると、その選手の足がおかしな方向へ歪んでいたのだ。
スライディングをした際に足を捻ったのだが、アドレナリンのせいで実際に見るまで気付けなかった、という話である。誠一は、今の状況がそれに似ているのではないかと感じていた。
妻が他の男性に奪われている、その事実はもちろん受け止めたくないものだ。しかし、久しぶりに熱を持ったペニスが4年ぶりの性的興奮だけを告げている。認めたくない混乱は、やがて涙に変わった。
「もう、やめてくれ…それ以上は…。」
自分で動画を止めればいいものの、画面から目が離せない誠一は涙を流しながら言った。
「あなた。」
後方からの声に生唾を飲んだ。ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには動画内と同じ下着を身につけた美由紀がいた。眉尻を下げて、どこか切ない表情をしている。誠一の口から出た言葉は怒りではなく、謝罪だった。
「ごめん、美由紀。俺が悪かった。だからこんなことはもうやめてくれ。お願いだ、俺には美由紀しかいない。だから、離れないでくれ。何故かは分からないけど、俺は今勃起している。だから、これで、許してくれ…4年間も美由紀を放っておいて、本当に申し訳ない…。もう大切な人が自分から離れていくのは、辛いんだ…。」
涙は止まっていた。口から漏れる謝罪の言葉は徐々に震えていき、未だペニスは硬直したままだった。椅子から飛び降りて土下座のような姿で、誠一は床に額を擦り付ける。美由紀は誠一の前でしゃがみ、彼の頭に手を置いた。
「あなた。抱いて。」
どこか震えた美由紀の声に、誠一の口からこぼれた言葉は、ありがとう、だった。
理性を失うという感覚が懐かしかった。無言のまま寝室に向かった誠一は前を歩く美由紀をベッドに押し倒し、乱暴に下着を剥いだ。この行動は怒りではない、美由紀を離したくない、そんな必死な思いからだった。
数日前に見た、あれをやろう。パンティーの陰から姿を表した美由紀の膣を見て、誠一のペニスがより熱を帯びる。すぐにでも挿れてしまいたい、そんな欲を脳内で振り払い、誠一は顔を埋めた。
4年振りに嗅ぐ、美由紀の人としての匂い。どこかむわっとした野生の温もりが愛おしく感じ、誠一は舌を小陰唇に這わせた。
「あっ、やぁ…」
切ない声を漏らす美由紀の陰核は既に剥けており、小陰唇に至っては粘液に浸けたような潤いを放っている。誠一は空白にも似た4年を埋めるようにかぶりついた。
首の動きで上唇を陰核に擦りつけ、舌先で膣口を舐める。どこかしょっぱい味わいが口内に広がった。
手で彼女の両足を開かせて愛液と膣を舐める誠一は、砂漠で放浪していた人間が池を見つけたように必死で、左手で太ももに触れながら、右手でスラックスのジッパーを下ろす。用を足すために慣れた手付きだったが、今は焦燥感のせいで手付きが覚束無い。ようやく外気に触れたペニスは既に先端を湿らせており、今にも脈が切れてしまいそうなほど膨張している。自然と自身の右手がペニスを掴み、手の動きが早まった。
「あなた…あっ、気持ちいい…。」
例え今隕石が降ろうと、誠一はクンニリングスを止めない自信があった。世界が滅亡する数秒前でも美由紀を味わいたい、誠一は美由紀の膣を貪るように舐めていった。
「ダメっ、いっちゃう。ああっ…。」
切なく弱々しい声を発し、美由紀は尻を激しく浮かせた。不規則に痙攣するような美由紀は何よりも魅力的で、これが性的興奮なんだと実感する。まだ濡れる膣口は生命が宿ったようにぴくぴくと動いていた。
「美由紀、俺が幸せにするから、だから俺以外の男の所には…行かないでくれ…。」
ペニスを美由紀の腹に押し付けるように体を覆い、2人は唇を重ねた。キスすら4年振りで、誠一は舌先で彼女の奥歯から前歯の裏まで探っていく。そうか、美由紀の口内はこうだったんだ。歯茎から歯の凹凸、歯垢さえ絡み取るようなキス。やがてペニスに冷たい衝撃が走った。
「あっ、ダメだそれは…。」
ひんやりとした美由紀の指が、溶鉱炉のような熱を持つペニスを包む。先端から垂れる透明な液体を全体に馴染ませ、ゆっくりと扱いていく。数日前にホテルの風呂場で味わった感覚とは全く違った、落雷を思わせるような快感が避雷針のように聳えるペニスから全身を駆け抜ける。
「美由紀っ、もう挿れたいんだ、ああっ。」
情けない声を出す誠一を美由紀は涙目になって見上げていた。それを見て誠一も目を潤ませてしまう。美由紀は震えた声で言った。
「いいよ、中に来て。それで、あなたの全てをちょうだい。」
美由紀は両足をこれでもかと開き、ぐっしょりとした膣を露わにした。赤子の手を引くようにペニスを膣口に持っていく。先端が小陰唇に触れ、やがて全てを包み込んだ。
「ううっ、はぁっ…すごい、こんなにも温かいのか…。」
今までアダルトビデオで見た、挿入しただけで果ててしまいそうという感覚が誠一にもあった。弱点全てを温い何かが抱きしめてくれる、それは美由紀も同じなのかもしれない。
「本当に…あなたってこんなにも大きかったのね、ディルドとは全然違うよ…。」
やがて誠一は腰の動きを開始した。亀頭、陰茎を包む彼女の内壁は4年振りのペニスにすぐさま順応した。体が快感を思い出す。気付けば無我夢中で腰を打ち付けていた。
「美由紀、愛してる。心の底から愛してるよ。」
彼女は両手を誠一のうなじに回し、うんうんと頷いていた。
「私もよ、誠一さんっ、あっ。」
自分の真下で裸の妻が揺れている。それが何よりも幸せだった。じゅぷっ、じゅぷっと愛液の塗れる音がこだまする。誠一の言葉と腰の動きは止まらなかった。
「セックスってこんなにも気持ちいいんだね、もっと早く美由紀を抱きたかったよ。待たせて本当にごめん、俺には美由紀しかいないんだ。矢の雨が降ろうが大地が裂けて全てが呑み込まれようが、必ず美由紀を守ってみせる。だから、君も全てを俺にくれ。」
この姿は傍から見ればみっともないのだろう。裸になって腰を打ち付け、涙と言葉を滝のように垂れ流しているのだ。でもそれで良かった。こんな哀れな姿になるまで誠一は4年もかかったのだ。だったらせめて、4年分もっと哀れになっていいじゃないか。失った快感は誠一を自由にした。
「私も、あなたを守るから。またあなたが勃たなくなったとしても、いつまでもそばに居るから。歯がなくなっても、毛がなくなっても、あなたが私を忘れたとしても、私はあなたから離れない。だから、全部出してっ。」
2人は顔が溶けてしまうほど泣きながら、同時に絶頂を迎えた。4年間を放るにはまだ足りない、しかし塞き止められていた感情が溢れるようで、誠一は獣のように咆哮した。
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