金の華~前編~

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金の華~前編~

 初夏、空から振る陽射しと、木々の緑は徐々にその濃さを増し、私達の日々を照らす。 私に寄り添い、オレンジの陽射しに透ける、金の華。  聞き慣れた、流れるような鈴の音と共に、春の訪れに、心躍らせる。  この空間に満ちる、光の帯。ひととき奏で終えた、月乃さんの髪を、柔らかに揺らす。  いつもと変わらずに、馨るその髪に、私はそっと、手を触れる。 「なっ、なに」  月乃さんは驚いた様子で、話を途中で止め、私の手をそのままに、こちらを見る。  焦りの浮かぶ、その表情もまた、ここ最近で、見慣れた顔。 「月乃さんの髪は、綺麗ですよね。この時間の陽の光を浴びると、不思議な薄茶色になります」  月乃さんの髪をくるくると、陽に晒しながら、指と指の間を流し通す。月乃さんの香りが、仄かに増す。  私の手に伝わる感触は、ぬいぐるみのように、ふわふわしている。 「あ、ありがとう。お母さま譲りのこの色は私も大好きなの。でも、私は陽子の髪も大好きだよ。いつだって艶やかな、月蝕の色とシルクの手触り」  そう言いながら、先程からずっと触れたままの私の髪を、再び撫で梳かす。 「ありがとうございます。私も自分の髪はお母さんま譲りでお気に入りです。それでも、月乃さんみたいな綺麗な色には憧れます。今度染めてみましょうか…」  もう片方の手で、自分の髪に触れてみる。 「ダメ!陽子の髪はこの色じゃないとヤダ!」  そう言って、月乃さんは私の髪を両手で、労るように包み込む。月乃さんの両手の柔らかさが、嬉しい。 「ですが、月乃さんのような光に透ける色は、女の子なら誰でも憧れてしまうものですよ」  私も月乃さんと同じように、両手でその綿菓子のような感触を包み込んで、自分の頬に寄せてみる。  頬を擽る、綿菓子のような感触と、花の香り。 「う、で、でも、私は陽子の髪の色はそのままが良いし、そりゃ、私の色を好きになってくれるのは嬉しいけど……」  月乃さんは、その頬の色を、更に朱色に染めながら、消え入るように呟く。  月乃さんらしいその様子に、私は思わず頬が緩む。 「解りました、では色は絶対に変えません。でも、そろそろ毛先が乱れてきたので、揃えて貰ったりとかしたいところですね」  私は月乃さんから手を離し、自分の髪の毛先に、指を絡ませる。ふわふわから、いつもの手触り。 「陽子はいつも、どこで髪を切って貰っているの?」  月乃さんは、少し残念そうな表情を浮かべながら聞いてくる。 「いつもは、と言うか生まれてからずっとですね。お母さんに切って貰っています。ただ、長さは少し短くしたことがあるぐらいです。今回も少しだけ短くしてもらいましょうか……」  うちのお母さんは、生まれた時からずっと、私の髪を切ってくれている。  そう言えば、私の髪を扱う時のお母さんは、月乃さんと、よく似ているような気がする。 「そっか……じゃあ悪いかな……」  月乃さんのつぶやきが、耳に届く。 「どうしました?」  私はその先を促す。  月乃さんは私の髪から、手を離す。 「うん、私の知り合いの人がやっている美容院があるんだけど、そこに陽子を一度連れて行きたいなあと思って」  月乃さんは、そう言って再び頬を染める。その申し出は、少し意外だけれども、同時に心惹かれるものだった。 「そうなんですか、そのお店ってどこにあるんですか?」  私は惹かれた心に従って、問い掛ける。 「渋谷、女子高生の聖地の渋谷」  月乃さんは、微笑んで告げる。私は俄然、興味が湧いてくる。 「渋谷ですか……実は私行ったこと無いのですが、私達にとっては聖地だとは知らなかったです。行ってみたいですね」  そう言って、私も微笑み返す。 「じゃ、じゃあ行ってみる?今週末にでも」  月乃さんが、更に笑顔で言う 「はい、そうですね、そのお店で髪を切って貰いたいかなと思います」  月乃さんは少しだけ表情を曇らせる。 「でも、陽子のお母さまに申し訳ないような……大丈夫?」  月乃さんは不安そうに、上目遣いで尋ねて来る。  なので、私は微笑みで返す。 「大丈夫です、お母さんなら多分喜んで送り出してくれる筈です」  月乃さんは満面の笑顔で、両手を振り上げながら答える。 「本当に?やった!じゃあ、今週末は二人でお出かけだね!」  先程よりも濃さを増した、オレンジ色の光の中で、嬉しそうにはしゃいでいる月乃さんを、見つめる。  今週末は、何よりも楽しい一日を月乃さんと過ごすことが出来そうだ。
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