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死なない女の話
私は魔女と呼ばれていました。別に魔法が使えたわけでも不死だったわけでもありません。戦で伴侶を失った母が村へ越してきたとき、私と母は村に馴染めなかったのです。
まず年の近い子供たちが私のことを魔女と呼びました。子供たちがそう呼ぶので次第にその親たちも稀に私のことを魔女と呼び、やがてそれが普通になりました。
母は私のことを守ろうとしてくれましたが、母の仕事は薬師。あの親子は魔女だと誰かが言い始め、母が怒りを示すとそれにはこう返ってきました。
『あんたの薬は魔法のようによく効くんだ』
『魔女ってのは別に蔑称じゃねえよ』
『怒りんぼな魔女さん、どうか落ち着いてください』
母は魔女と呼ばれることを明らかに嫌がっていました。けれど生きていくためには村に受け入れてもらわなければなりません。嫌々ながら魔女と呼ばれていた母は、まだ若かった私を残して息を引き取りました。およそ百年前のことです。
母を亡くした私は母の財産を処分し、そのお金で都に出ることにしました。製薬の方法は母から教えてもらっていましたし、母の助手もしていたので村で薬師としてやっていくこともできたかもしれません。けれど、私はともかく、母のことを魔女と呼んだ村の人たちの顔など見たくありませんでした。母があんなに嫌がっていたのに魔女と呼び続けた村人など救いたくありません。
母の薬棚には貴重な薬やその素材の薬草などがありましたが、売ってもたいした金額にはなりませんでした。知識がなかったのでしょう。一番高く値が付いたのはアンティークのティーセットでした。母と一緒にお茶を飲んだ思い出の品でしたが、村を出るのに身軽になっておきたかったですし、私が扱って割ってしまうのも恐ろしかったのです。
そうしていろいろを処分して、身の回りのものと父が母に贈ったというネックレスだけを持って私は都へ移り住みました。
都はいいところでした。まず、誰も私のことを魔女と呼びません。私のことを知っている人などいませんでしたので。煉瓦造りのアパートに小さな部屋を借りて住まいとしました。薬師の組合に登録へ行くと仕事はすぐに見つかりました。
ささやかですが楽しい生活を送りました。仕事をしてお金をもらい、休日には街へ出かけました。買ったパンを公園で食べていると大道芸人を見かけました。手品を披露する彼とはやがて談笑する仲となり、恋愛をして結婚し、一人の女の子をもうけました。幸せだったのだと思います。
しかし幸せは長くは続きませんでした。他の国との戦争が始まったのです。
夫に召集令状が届きました。
私は夫を引き留めました。
憲兵がやってきて夫を連れていこうとしました。私は「私は魔女だ」と言いました。連れていくなら私にしなさい、と。そう言って夫に教えてもらった小さな手品で憲兵を驚かせました。憲兵は信じたようでした。
召し上げられた私は王宮へ連れていかれました。そこには数十人の女たちが集められており、そしてどうやらその女たちは全員が魔女のようでした。私とは違い、本物の。私は急に怖くなってしまいましたが顔はなんとか平然とした様子を取り繕いました。
魔女たちはその場で選別されました。
魔法で攻撃を仕掛ける魔女。
魔法で国を守る魔女。
そして力の弱い魔女は双方の魔女を支えるという名目で生気を強い魔女たちに吸い上げられる「糧」。
私はもちろん糧でした。
魔法陣に並べられた私たち糧は生気を吸い上げられました。体がかっと熱くなり、視界はぼやけ、意識が遠のいていきました。ああ、私はこれで死んでしまうのだな、と思いました。それで私は気を失ってしまったようでした。
戦争はわずかな期間で終わったようでした。いえ、小競り合いの期間から数えればかなりの年数が経っていましたが、私たちのように普通に暮らしていた人々に、例えば夫に召集令状が来たりするような影響が現れてからならあっという間に雌雄は決したようです。
戦争には勝ちました。
私はその勝利を王宮の地下牢で知りました。
糧として扱われた魔女たちは皆、魔力をすっかり失ってしまったようでした。私はもとより魔女ではありませんでしたから確かめるすべもありませんでしたが。
魔力を失った魔女たちは戦争が終わり解放され、これは噂でしかありませんが、力のある魔女たちは秘密裏に処刑されたと聞きました。
味方になれば心強い魔女たち。けれどもその力は得体が知れないのかもしれません。勝ったとはいえ戦後の国の情勢は不安定でした。王宮は魔女たちが反乱分子となることを恐れたのです。
私は夫と娘の待つ家へ戻りました。そして平穏な生活を送っていました。時と共に国の雰囲気も落ち着き、都には賑わいが戻っていきました。私は薬師の仕事に戻りましたし、夫の大道芸の仕事も入るようになっていきました。
あるとき、家族で離れた町の祭りに行きました。大道芸人として仕事の依頼を受けた夫に付いてのちょっとした旅です。
食べ物を売る屋台、雑貨を売る屋台、動物を売る屋台もありましたし、そこここに音楽を演奏する人がいて、夫のように大道芸を披露する場もありました。
一角に、占い小屋がありました。
まだ幼かった娘が、とことこ歩いてその占い小屋の入り口まで行ってしまいました。娘を追いかけ小屋の入り口で娘の手を捕まえ、そして踵を返そうとして。
『お待ちなさい』
声をかけられたのでした。
声はしわがれていました。私はぞくりとし、けれど足を動かせずにいました。
『あんたは魔女だったね?』
声に、はい、と応えました。
『それは蔑称とハッタリだったね?』
声に、はい、と応えました。
『可哀想に、呪いがかかってしまっているよ』
本当に哀れなことだ、という雰囲気でその声はそう言いました。
『家族がいるのかい?』
声に、はい、と応えました。
『家族がいなくなったら魔女を訪ねなさい』
いなくなる? 家族が? 私の大事な家族が? 頭に疑問符が浮かびます。声は続けました。
『この老婆の話なんざ忘れればいい、そのときになったら思い出しなさい』
訳もわからず、私は娘を連れて小屋を離れました。
その翌年、疫病が流行しました。私は薬師として忙しく働き、治療に当たりました。けれど医者も薬師も力及ばず、ぱたり、ぱたり、と人々は息絶えていきました。私たち医療に当たる者も安全ではありませんでした。仲間たちもぱたり、ぱたり、と息絶えていきます。そしてその家族たちも。……私は結局、その疫病でまず娘を、そして夫を失いました。
疫病が収まったのは病に勝てたのか、あるいは死ぬべき人々が皆死んでしまったからなのかはわかりません。酷い有様でした。
私は哀しくて嘆きました。
救いたい人を救えずになにが薬師だ。
娘と夫を弔ったのち、私は都を離れました。魔女を訪ねようと思いました。祭りの占師の言葉を思い出したからです。
一人目の魔女を訪れると「それは先読みの魔女だったね」と言われました。そして、娘と夫が亡くなったのは呪いのせいではないと言われました。私への呪いは不死だけであると。
そして温かなお茶とお菓子を出してもらい、久しぶりに心が暖かくなりました。
一人目の魔女は優しい魔女でした。私は思いを洗いざらい吐き出し、そしてその魔女は一つ助言をくれました。
『あなたは各地の魔女を訪ねなさい、できるだけ多くの魔女を』
誰かの思いを弔うことで私の呪いは解けていくのだと教えてくれました。多くの人の悪意を吸い過ぎたせいなのだそうです。普通の人を弔うことでも解けてはいくけれど、人々の命はあまりに儚い。そう添えて。
いろいろな魔女たちを訪ねてきました。歓迎されたことも邪険にされたこともありました。力の強い魔女も弱い魔女もいました。けれど皆、一応は会ってくれました。
いつの頃かに私の外見年齢は固定されました。呪いでそうなっているのかもしれませんし、今まで会ってきた魔女がこっそりとそう仕組んだのかもしれません。私はそれを追求しません。
私はただ、呪いを解いて娘たちのいるあの世の楽園に行きたいだけなのです。
少し話し過ぎたでしょうか。
さあ、あなたのお話を聞かせてください。そして弔わせてください。
おしまい
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