小鳥さえずる春の庭

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小鳥さえずる春の庭

 声を出せない女が生き延びられたのは魔女となったからでした。  師事した魔女は悪い魔女でした。どんなに残酷な依頼も提示された謝礼によっては応じると悪名高い魔女。教わった魔法も多くは人を苦しめるための魔法です。  そしてあるとき。  女は師を殺めました。そして師が担っていた仕事をまるっと受け継いだのです。  女は声を出せません。どんな魔法を使っても、それに変わりはありませんでした。  声を出さないことで女はつらい思いをしてきました。聞こえるように悪口を言われることは日常茶飯事でしたし、犯罪の濡れ衣を着せられることもありましたし、あるときには男に乱暴もされました。けれど彼女は声を出せなかったのです。  女は依頼への謝礼に、師よりも多くを望みました。魔女の名前が知れ渡り、依頼が増えたことで仕事をこなしきれなくなったからです。  けれど依頼はたいして減りませんでした。  女は少し悩み、館へ続く道へ魔法の罠を仕掛けました。強い思いがなければ入口までたどり着けなくなる魔法です。こちらは効果がありました。依頼の数は最盛期の半分ほどになりました。それでも魔女のもとにたどり着けた依頼人たちは女をあがめました。  女は自分の中に黒い感情が沸くのを感じました。そしてそれを恥じることもありませんでした。  なんといっても気持ちがいいのです。  それまで虐げられていた自分が、多くの人から必要とされているのです。  女はときどき宝物庫に行きました。謝礼として手に入れた美術品を見ながら笑いました。もちろん女は声を出せないので誰もそれを知りません。誰にも知られず、ひそかに女は笑っていました。  ある日、女は庭にテーブルを出してお茶を飲んでいました。むせるように咳き込んだ女は、口を覆った手が血まみれであることに気付きます。施した呪いの呪い返しであるだろうことはすぐに思い当たりました。  女は安堵しました。  いくら残酷な魔法で生活しているとはいえ、たまには良心が痛むこともあったのです。  女は自らに魔法をかけました。せめて痛かったり苦しかったりが和らげられるように、と。女はその場で静かに息を引き取りました。  女が眠っていると思ったのか、テーブルの焼き菓子に小鳥たちがやってきました。ついばむ小鳥たちは楽しそうにさえずっています。 おしまい
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