紅茶に溶かしたのは宝石

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紅茶に溶かしたのは宝石

 その魔女は恋をしていました。  たいそう力の弱い魔女でした。名前も全く知られておらず、隣人にさえ魔女と思われていません。けれど彼女は魔女でした。そして、菓子店のパティシエに恋をしていたのです。  その日も魔女は菓子店へと出かけました。週に二度、ケーキを買いに菓子店を訪れるのはもう習慣です。  氷の魔法で冷やされたガラスケースには色とりどりのケーキが並んでおり、そのどれもが美味しそうでした。魔女にとってはより美味しそうに感じられます。その店のパティシエは彼一人なのですから。  いつものようにさんざん悩み、魔女はクリームと苺の乗った小さなケーキを選びます。 「お嬢さん、これ、お気に入りですよね」  ケーキを箱詰めしながらパティシエは言います。  魔女は恥ずかしくて頬を赤く染めたまま、黙ってケーキを待っています。 「ありがとう、また来てね」  パティシエはそう言って笑い、受け取った魔女は顔をより赤くして菓子店を後にしました。  家に帰ってきた魔女は紅茶を淹れます。  缶からポットへ茶葉を入れ、ケトルから沸騰したてのお湯を注ぎました。小さな砂時計をひっくり返し、その間に皿とフォーク、そしてカップを準備します。  皿にケーキを出した魔女は、砂時計の砂がさらさらと落ちるのを見ながらため息をつきます。  一回。二回。三回。  魔女のため息は小さな宝石となってテーブルの上に転がりました。魔力のこもった宝石でした。力の弱い魔女は自分で魔法を制御することができず、こうやって魔力をこぼしてしまうことがあります。  砂時計の砂がすっかり落ち、魔女はカップに紅茶を注ぎました。  その日買ったケーキもたいへん美味しいものでした。  ふわっと柔らかなスポンジに、ずいぶんと甘いきめ細やかなクリームが合わさり、甘酸っぱい苺は上に乗っているだけでなく間にも挟み込まれていました。  魔女は自身が恋をしていることに気付いていませんでした。  この気持ちが恋だとは知らなかったのです。  美味しいケーキと香りのいい紅茶を楽しんだ魔女は、その胸がじんわりと熱くなる気持ちをケーキに対する思いだと考えていました。  カップに最後の一杯を注いだ魔女は、その紅茶にため息の宝石をぱらりと落としました。  魔力の宝石は、飲み込むと魔法にかかってしまいます。  魔女は吐き出した魔力を取り込もうとして紅茶を飲んだのですが、宝石によって恋心がじりじりと自身を焼き始めていることにはまったく気付く様子はありませんでした。 おしまい
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