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枯れない花はなくただそこに岩
古くから村の片隅に住んでいる女は死ぬことがありません。
彼女は村人たちから魔女と呼ばれていましたが、しかし魔法が使えるわけでもありませんでした。彼女はただ死ぬことがないだけなのです。
古びた家の中で彼女はただぼんやりと椅子に腰かけて外を眺めていることがほとんどでした。
窓からのぞく彼女の姿を恐れ、村人はその家に近寄ることはありません。彼女も別段それを気にしている風ではありません。物を食べなくとも死ぬことがないので無理に村人とかかわる必要もありませんでした。長く長く、そういう関係だったのです。ええ、もう百年を超えるほどに。
彼女は生き物が嫌いでした。死んでしまうからです。
彼女は草木が嫌いでした。枯れてしまうからです。
彼女は、庭にある一つの岩をときどき磨きました。ただそこにあるだけの岩。変わった形をしているわけでもなければ美しいわけでもありません。暇を持て余した彼女の手慰みのようなものでした。
ある日、わんぱくな坊やが魔女の庭に入り込みました。魔女は特に何を感じることもなく坊やが何をするのかを見ていました。坊やは物珍しそうにきょろきょろと庭を眺め、やがて岩に近付きそうっとひと撫でしました。満足気な笑みを浮かべています。そして坊やは魔女の庭から村の方へと帰って行きました。
そんなことが三度ほどありました。坊やが来るのは日の高い明るいうちで、部屋からぼんやりと庭の岩を眺める女を気にする様子はありませんでした。
四度目に坊やが魔女の家を訪れたとき、坊やはまだ若い両親を連れていました。時刻は昼。よく晴れたまぶしい日でした。
「坊が失礼を……どうか、どうかこれで怒りをお鎮めください」
若い父親はうやうやしく大きな魚を差し出しました。
「ほら坊も謝罪を……」
若い母親は坊やに無理矢理お辞儀をさせながら言いました。
何も要らないからもう来させないように。
女はそれだけを言って、また庭の見える部屋へ戻りました。それ以来、坊やが魔女の庭を訪れることはありませんでした。
都では予言の出来る者が大臣になったと騒がれていました。奇しくも干ばつによる飢饉が予測される夏でした。
「果ての魔女を生贄に」
大臣はそう言ったのだそうです。
死なない女は鎖でぐるぐる巻きにされ、唯一枯れていなかった滝壺に突き落とされることになりました。
「最後に何か願いはあるか」
問われた女は庭の岩と一緒に沈みたいと答えました。
果たして彼女と彼女の庭の岩は深い滝壺に沈んで行きました。
女が滝壺に沈むと彼女の庭の岩があった場所は水を噴き出しました。大きな岩だったのでそこは池となりました。滾々と湧き出るきれいな水は村人を救いましたが、国中を救うにはあまりにもささやかな恩恵でした。
やがて坊やは大人になりました。
村の外れに池があって、とても大事にされています。彼の両親は彼がその池のことを話題にするのを避けました。彼に理由はわかりませんでしたが、両親に不満があるわけでもなかったのでそのまま池のことを話題にすることはありません。
坊やには魔女と呼ばれた女のことなどすっかり記憶から消え去っていました。
おしまい
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