第二章 問題のありか

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第二章 問題のありか

 翌日の職員室。朝のホームルームの時間が迫っている。こちらは二階で、下は一階昇降口のため、窓から生徒たちが校舎に流れ込むのが見える。今日は晴れて、夏日があった先月と違って冷たく乾燥している。由衣が席を立って、なくなった文具を探していると、洋子が乗り込んできた。 「教師が悪いんじゃないか」  加害者親の平山典子ものり込んできた。ちょっと太めで洋子と対照的に母性的な体形をしている。  「どういうこと? うちの子が加害者にされたんですよ? あんた子供を信じないわけ?」  そこへ制服の警官が乱入してくる。  「教師が悪いんじゃないか」  由衣の通報を受けた警官の声と同じだった。キレすぎて暇すぎて、学校に怒鳴り込まずにはいられなかったようだ。  同僚教師達はフリーズしている。学校代表者は三人を止めるふりをしているが、強く出られない。由衣をかばうと自分が標的になるからだ。由衣は三人に詰め寄られ、腰の後ろを自分の机に阻まれ退路をなくしていた。三人が口をそろえる。  「あんたが悪いんじゃないか」  その時、職員室の入り口がはじけるように開いた。先日の若鷺が青い制服姿で躍り込み、たちまち由衣を窓際へ連れ去る。  同時に由衣がさっきいた場所近くの天井がばくんと開いた。そこからもう一人、同じ制服姿の青年が降ってきて、由衣を追おうとした三人の前に立ちはだかる。  「御門さん」  「こんにちは!」  御門は若鷺の背中越しの由衣を振り返ると、花が咲くように笑った。今回は悪魔の恰好はしていないがやはり艶っぽくて、女性のあやかしもこうかと思わせる。ローズピンクのバスケットシューズがデザイナーのよう。  警官が御門に食ってかかる。  「あんた何者だ」  「ジョーカ隊員」  「教師をかばうなら、お前は日本人の敵だ」  「別にいいよ」  御門が涼しそうに答えると、典子が彼に憎悪のまなざしを向けた。  「紀ノ川に責任を取らせろ」  「どうして」  御門の問いに洋子が答える。  「だって教師が悪いんでしょ」  「うんそうか。あんたらの分担は何だ。一人ずつ言ってごらんよ」  御門が軽いノリで笑うと、三人は口をパクパクするだけの金魚になった。御門は言った。  「そうか、わかった。じゃあね」  若鷺が窓を開ける。下は昇降口の平らな屋根だが、由衣たちの死角にグライダーが二機置いてあった  若鷺は由衣を連れて屋根の上に出ると、グライダーに取り付けてあったヘルメットとゴーグルをつける。そして手早く由衣にも同じ装備をさせグライダーにくくると、自分も乗り込む。続いた御門はもう一台に乗り込み、両機がジェットを吹く。由衣はたちまち青年二人と上空に舞い上がった。  12月、冷たい雨の降る月曜朝、洋子はジョーカー本部に出向いた。窓口担当は制服姿の若い女性隊員、倉田。洋子は母子家庭のため働いてることにする必要があったので、今日は休みで来たと説明した。本当は数年前の幸助の熱を理由に、二年続いた仕事をやめていた。   当時の上司は子供の熱くらい何だと言った。しかし彼女は仕事より子供を取ると宣言して退職した。彼女は幸助を選んだのだ。実家から独立しないのも、幸助にお金の苦労をさせないためである。  洋子は倉田に食ってかかる。  「だって教師が悪いんでしょ」  「あなたが教師を嫌いなのはわかりました」  「そういうこと言ってるんじゃないの!」  「何が言いたいのですか」  「教師が悪いんだって言ってるの」  「嫌いなのはわかりました」  話にならない。洋子が幸助に会うことはできなかった。  帰宅して夕食の時間、洋子は実母のハツの目の前で、食材の乗ったパステルグリーンの皿を炊事場に捨てた。ハツと口論になる。  「こんなまずいご飯、食べられないって言ってるの!!」  「あんたが家事をやったらいいじゃないか」  「私はもうじきダンス講師の資格を取るんだ!!」  「ずっと同じこと言ってるでしょ」  洋子は激高した。  「家族なら役割を果たしたらどうなんだ!!」  翌朝の空は機嫌が悪そうだった。近隣住宅からクリスマスソングのリハーサルが聞こえてきた。子供の声が楽しそうだ。洋子が幸助との共同部屋の窓を開けると、斜め向かいの住宅の窓から屋内の小さな姉妹が見えた。彼女達は仲良く歌いながらツリーの飾りをしているところだった。  洋子は自分の家族がクリスマスのサプライズイベントをしてくれるのを待ち続けていたが、毎年裏切られていた。今朝もハツと口論。幸せな家庭が欲しい。  洋子は学校に出向くつもりで朝食が終わった直後からおしゃれをしていたが、結局13時になってしまい、昼ご飯を作らないで遊んでいるハツと口論になる。ハツをやっつけて出発し、学校についた時はすでに夕方。洋子は職員室に乗り込む。  「いじめを解決しろって言ってるんだ」  「しかし、被害の証拠がないのです」    出てきた50代校長、坂本の釈明に、洋子は怒りを爆発させた。  「あんたらのせいで私はジョーカーに幸助を奪われた! 疑いをかけられたんだ!! あんたらのせいで! 早く責任を取れ」  「教師に治安を維持する能力はないんです」  坂本の頭は寂しく、体形は太っていないがお腹だけ出ており、いかにも弱者っぽいところに腹が立った。被害者は洋子の方だ。彼女は叫んだ。  「子供を守る仕事があるでしょ!」  「それは神話です」  洋子は癇癪を起こした。  「いいから何とかしろ! 幸助を返せ! 幸助を返せ! うぉぉぉぉ!」  叫んで近くの机を蹴倒す。  「幸助を返せ!! 教師が悪いんじゃないか!!」  彼女は学校関係者に取り押さえられ、校舎から出された。
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