第四章 どちらも許さない

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第四章 どちらも許さない

 仁はいつもの制服姿で液晶の中の洋子を見つめていた。彼女は雨の降る深夜、自宅リビングのテーブルに突っ伏して泣いていた。    今日は特に寒く、彼女の近くに雪だるまのプリントがしてある赤いレッグウォーマーが見えたが、彼女にとりにいく元気はないようだ。  そこに青年悪魔が現れた。洋子は驚いて少し顔を上げる。  彼の容姿は月下の狼のよう。下がり調子の獣耳と大きな爪を持ち、首のあたりと腰から下が黒い獣毛に覆われている。そしてボルドーの冬装備に、暖かそうなマントを羽織っている。全身にローズピンクの装飾品。ボルドーとローズピンクだけではどぎつくなるのを、ホワイトの素材で抑えている。人間の男性だったらデザイナーのよう。  「おねえさん、どうしたの」  彼女はしゃくりあげながら答えた。  「幸助に会いたい」    彼は彼女のために高い身長を少しかがめ、甘ったるくささやいた。  「いじめは解決したの?」  「幸助がいないと解決できない」  「そうか。じゃあ頑張ってね」  リビングの窓が音もなく開き、悪魔はひらりと出て行った。  仁は洋子の自宅近くに停めてあるトラックの中で、液晶画面を閉じた。近くに悪魔コスプレ姿の凪が仕事を終えて座っている。ジョーカーは盗撮、住居改造、不法侵入、何でもやる。暴力問題を扱うほかに、特定の組織と戦っているからだ。ジョーカーの舞台演出力は兵器のレベルと言われている。  一月中旬火曜日、仁は制服姿でジョーカー本部窓口勤務。待合室に設置されているTVは消音設定で字幕を読むものになっている。来客の中には TVが苦手だったり、聴覚過敏のハンディを持った人もいるからだ。そしてTVは来客側に向いているが、窓口に控えていた仁にも大体の内容はわかっていた。  山倉小学校のいじめは宮間幸助がジョーカーに保護されたことで問題化し、被害者が自殺する前の珍しいケースとして、メディアで取り上げられることになった。教育機関や警察代表が会見で追及を受ける。彼らは説明を余儀なくされた。彼らはこう言う。 「被害者と話し合えなければ解決できません」  仁のところに渦中の山倉小学校校長坂本と、教頭吉川がやってきた。すっかりやつれている。  坂本は仁の前で席に着くと呆然と発言した。  「子供がいないと解決できない」  坂本の隣に吉川が並んだが、彼も万策尽きて呆然としていた。  「被害者がいないと解決できない」  ここで情に流されては幸助を守れない。仁は彼らに言い渡した。  「大人だけで解決してください」    坂本は言った。  「そんなこと言ったってどうしたらいいんだ」  仁は穏やかに諭した。  「あなた方ね、いじめ問題も、モンスター被害も両方幸助君に解決させようとしてるよ」  「だって被害者が黙ってくれたら傍観者は助かるんだ」  哀れな吉川が本音を漏らした。仁はうなずく。  「そうだろうね。でも許さない」    一月下旬。仁は山倉小学校職員室前の廊下の天井裏で建造物潜伏組として、制服で隠密待機していた。例によって職員室潜入組は職員に扮している。  洋子は午前中にやってきた。坂本たちと同様、彼女も万策尽きているのだろう。また授業妨害だ。彼女はメジャーではないが老舗のブランド服をまといメイクを徹底している。  彼女は由衣に攻撃しようとした時、足元に金属バットを見つけた。それを取って由衣を殴打した。  「解決しろよ」    由衣が飛んでっいった先には加害者親の平山典子が待っていた。ほぼ部屋着姿で化粧をあまりしていない。やってきた理由は洋子と同じだろう。典子もバットを持っている。由衣を殴打。  「いじめなんか存在しない。解決するな」    由衣が飛んでった先には、今度は制服姿の警官が待っていた。以前、凪の前で金魚になった人物だが、彼も学校に殴りこまないではいられなかったらしい。バットを持っている。由衣を殴打。  「教師の仕事だろ。制裁しろよ」    飛んでった由衣を、典子が殴打。   「教師が子供を信用しないわけ? 制裁するな」  職員室の入り口と窓が全開する。廊下上の天井から飛び出した仁が、現場に躍り込んで由衣を回収。反対の窓からは、校舎壁面に待機していた凪が獣人スタイルで飛来する。  凪は宙に浮いたまま高速旋回。洋子たちの前で着地したかと思うと職員室がうなって振動し、凪の足元で、クレーターができる。獣人が見た目の20倍の体重を持っているような演出。怪我人は出ていないが職員室はめちゃくちゃだ。  仁は職員室の隅で、由衣の背後から彼女の二の腕を支えて立つ。  「悪魔」  「そうだよ」  呆然としている洋子に凪は微笑した。彼は妖艶な白蛇の瞳。  「教師に対して、解決すること解決しないこと、両方を求めてるね。これを支配の一種、ダブルバインドという。教師を支配して思考停止に追い込んでいるのはメディアと社会だ」  洋子は凪に噛みついた。  「そんなこと言ったって、どうしたらいいの」  「いい方法があるよ」  凪は腰から氷の剣を抜くと、一瞬で由衣にとびかかって斬りさばいた。由衣がどさりと倒れる。  「わぁぁぁぁぁ!! 神様! 神様が死んじゃった」  典子は悲鳴を上げて、床の上にくずおれた。  凪は洋子たちを振り返って氷の女王のように微笑した。  「そんなに憎い神様なら殺してあげる。これからは神様なしで解決を考えるんだね」  洋子はすがるように叫んだ。  「そんなこと言ったってどうしたらいいの」  「それはね、今まで由衣先生が必死になって考えてきたことだよ」  凪が動かない由衣を担ぎ上げ、窓から飛び降り、仁も続く。二人とも空中でワイヤーに巻き取られて現場を去った。  その日の正午、仁は本部病室のベッドから少し離れたテーブル席に座り、名店のクロワッサンを口にしたままウトウトしていた。この時間までベッドで気を失っている由衣の付き添いで、今は食後のおやつの時間。病室のヒーターの温度がちょうど良すぎてこたつの中のにゃんこの気持ち。おなかいっぱいで使命を忘却し、うたたね。  人の気配に気が付いて目を上げると、由衣の横たわったベッドの脇に凪が立っている。いまだにコスプレ姿ときた。  「御門さん」  由衣が目を覚ましたようだ。凪は片手に獲物をひらつかせてご機嫌な様子。  「これね、ジョーカーのマジックソード。痛くなかったでしょ?」  凪はほめてほしくてそこにいるのか。仁はクロワッサンの美味しさに満たされて、カクっと夢の中に入った。
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