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第五章 勧善懲悪
洋子は標的の由衣を失った。最初は途方に暮れたが、相手は一人ではないことに気が付き、その後は山倉小学校と闘いの日々を送っている。二月の金曜午前、自宅でインターホンが鳴った。彼女が玄関に出ると、美しい青年がコート姿で立っている。
「どなた?」
「僕、幸助だよ」
「どちらの幸助さん?」
「あなたの息子の幸助だよ」
洋子は耳を疑った。
「私の息子は小学生です」
幸助は説明した。
「いじめが発覚した後の大人の動き方は、被害者子供にとってとても不利なんだ。僕、ジョーカーの科学力で大人になったんだよ」
洋子は息をのんだ。心臓が高鳴る。幸助が帰ってきた?
「本当? 本当に幸助なの?」
「うん、お母さん、いじめが解決してないんだ。母さんの力で助けて」
洋子は期待した感動の対面はなかったため、あっさり冷めた。幸助はジョーカーで知恵をつけてきただけでかわいくなくなっている。しかし彼の裏切りはいつもの事。手慣れた洋子はせいせいして幸助をあざ笑った。
「大人になったんだから、あなたが解決したらいいの」
「大人になるとね、あなたが汚いことも僕、わかるんだ。どうして被害者の分担考えるの」
「だってまだ犯罪かどうかわからないから」
「あなた、追及してきたジョーカーに対して、子供の言うことだから犯罪かどうかわからなかったって釈明したよね。僕が大人になっても犯罪かどうかわからないのはどうして」
本当に知恵をつけている。洋子は育った幸助が死ぬほど憎くなった。小さいときは桜貝みたいな唇をしていたのに、大きくなったらゴミが詰まったみたいな目をしている。
「屁理屈を言うんじゃない!!」
幸助は冷静に答えた。
「それはね、大人の屁理屈のこね方だよ。質問に答えて」
「証拠がなかったら、私だって動きようがないじゃないか」
「動かなくてよかったんだ。どうして教師に苦情を言ったの?」
洋子は癇癪を起こした。
「黙れ黙れ黙れ!! とっとといじめを解決してこい」
「どうして」
「だって困ってるのは私じゃなくてあんたじゃないか。あんたが解決しないで誰がするの」
「あなたの分担は何」
「解決の仕方を指導してるじゃないか」
「それ、馬鹿でもできるんだよ」
「うぉぉぉぉぉ!」
洋子は下駄箱を蹴飛ばした。
「なんて口叩きやがる! お母さん許さないわよ!!」
「僕、子供じゃないから母さんが怖くない」
洋子は花瓶を幸助に投げつけた。幸助の頭部にヒットすると、彼は花瓶と一緒にガラスの像のように粉砕した。人間の死に方じゃない。
洋子の背後で気配がした。振り返ると和洋折衷の服装をした人物が立っている。彼もさっきまで目の前にいた、大人になった幸助だった。
花魁のように前帯を締めており、西洋風の舞台化粧をしている。海外のデザイナーが作った和風作品のようだ。着物の男物女物の区別がなくカラフルで派手。前帯を締めた幸助は言った。
「そう来ると思った。あなたは子供の言うことだから犯罪を信じられなかったんじゃない。僕が子供に見えなかったんだ」
「違う」
「被害者が家庭に問題を持ち込んだ時点で、親子関係は傍観者と被害者の関係になる。あなたは僕の存在を消そうとした。被害者が邪魔だったんだ」
「違う」
洋子は金切り声で否定した。
「僕が嫌がってるのに、どうして教師に連絡したの」
「私に多くを求めないで」
「求めてない。戦って欲しくなかったんだ」
彼女は幸助に負けたことがない。今度も勝たなければならなかった。何歳かけ離れていようと、手向かってくるなら最強の敵と思って全力で倒しにかかる。
「戦わずに死ねと言うのか!」
「そうだよ。守ることは負けること、死ぬこと。戦うなんて誰でもできる」
洋子が叫ぶ。
「あっそう! 誰でもできるんだ! じゃあ戦いなさいよ! あんた戦えるなら戦いなさいよ!」
「言葉の上げ足を取ったね」
「あんたが取ってるんじゃないか」
「落ち着きなよ」
「感謝がわかってないんだ。これはもう折檻だね!」
「――あなたね、いじめ問題の前からそういうこと、やってるよね」
瞬間、洋子は頭から水をかぶっていた。天井の一部が開いている。上に誰かが入っているようだ。和洋折衷衣装の人物は言った。
「今のやり取りから分析するとね、幸助君がどんなに冷静で天才的なネゴシエーターでも彼が『僕、満たされてます』と発言しない限り、あなたは彼を倒そうとするだろう。AC回復カウンセリングを受けてください。あなたが更生しないなら彼は返さない」
小夜の率いる第四部隊は彼女の指令で洋子の宅に突入した。小夜も隊員と同じ重装備で屋内に飛び込み、一喝する。
「私刑同好会、マーズ! 同行願おうか」
踵を返した和洋折衷衣装の人物を、部下の倉田がとっ捕まえて投げ技で吹っ飛ばす。同じく部下の臼井が装備していたハンマーで舞台セットを粉砕し、また別の隊員が裏方を引きずり出す。マーズはジョーカーの真似をするだけの趣味集団だ。マーズ対ジョーカーで乱闘になる。
小夜が部下に呼びかける。
「洋子さんは」
「いません!」
小夜は舌打ちする。
「しまった」
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