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第六章 守ること
洋子は偽幸助に糾弾され、着替えもそこそこにジョーカー本部に走った。
「幸助! 幸助と話し合わないと」
正午過ぎ、天候は彼女の味方をした。彼女はジョーカー本部の職員更衣室に潜入し、清掃員の制服を見つけた。そのまま変装し、中庭で遊んでいた幸助を見つけて捕まえる。彼の持っていたトマト色のボールがあさっての方向に転がって行った。洋子は本部を飛びだすと、ジョーカー隊員を振り切り逃走した。
本部に警報が鳴り響く。仁は驚いて席を立った。コンピューター液晶を見ていた女性隊員が叫ぶ。
「幸助君、誘拐されました!!」
今日の出動待機は第三部隊。仁たちは制服にいつもの装備でトラックに乗り込む。ジェットグライダーやバイク班と一緒に洋子を追った。
仁、凪は隊の幹部ではないが若手の要人なので、隊長、塔吉郎と同じトラックで移動した。乗った荷台の中で、やはり若手の女性隊員が子供用のコートを抱えている。仁が訊ねる。
「亜希、それ幸助君の?」
「だと思うの。中庭で遊んでて、暑くて脱いじゃったんじゃないかな。天気はいいし、毎年暖冬のレベルが上がるし」
「まあ、裸にしておくような親じゃないと思うな」
「こんなにしわついちゃって」
亜希がコートをはたいた時、何かがバサッと落ちた。
床を見た隊員たちが一瞬騒然とする。
「え、マジックシート……」
青くなったのは塔吉郎も同じ。
「幸助君、今、守るものがないのか」
塔吉郎は同じく話を聞いて総毛立っているドライバーを振り返る。
「大森、飛ばせ」
「今ので限界まで出してます」
「飛ばさないと、お前を八つ裂きにする」
「はい!」
普段温厚な隊長が本気になると、誰も逆らえない。
時刻は14時。洋子は年下の知りあい、30代前半の中松夫婦の住む一軒家に転がり込んだ。
周辺は簡素な住宅街。洋子は修二の妻、太めで気弱な栞の方の弱みを握っている。栞が姑の悪口を言っていたので、逆らったら姑にばらすと脅したら、それ以降あっさり言うことを聞くようになった。更に夫婦には子供がいなくて面倒くさくない。
洋子は中松家で幸助と好き勝手やるつもりだった。彼女はエアコンの利いた一番いい部屋で、手荷物を置いて羽を伸ばした。買ってきたケーキの箱をテーブルで開ける。ケーキをコーティングしているストロベリーチョコレートとトッピングの美しさを目で楽しんだあと、幸助に話しかける。
「いじめは解決したんでしょうね」
「まだ」
洋子は怒りに駆られて幸助をぶん殴った。
「あんたが悪いからだよ」
その時、ガラスが粉砕する音がして、一面の視界はゼロになった。
「栞、修二!!」
洋子は動転して呼んだが、家主の声はなかった。
仁は煙幕の炸裂した現場へ飛び込み、すぐさま幸助を救助、仲間の隊員に預け、次の仕事の待機に入る。
煙幕がきれてゆくと洋子の正面に下向きで片膝をついた凪が待機している。
「幸助?」
「はい、宮間幸助です」
凪は立ち上がって顔を上げた。
幸助が成人のはずはないのだが、凪が演技中に幸助といったら幸助になる。洋子には凪が九歳の幸助に見え、彼女はその甘い熱夢から逃げられない。
今回、凪は隊員制服のまま。時間があれば和装で出る時もあるが、私服や制服でも十分効果はある。洋子は壁のS字フックにかかっていた布団叩きを取り上げた。ジョーカー側に、いつものマジックウエポンを加害者の足元に転がしておく時間はなかった。しかしこういう場合も一応、想定の範囲内だ。
「あんたが悪いんじゃないか!!」
洋子には布団叩きで凪をぶん殴った。凪の方はもちろん防御をする。
「とっとといじめを解決してこい」
「できない」
凪の答えに洋子は癇癪を起こした。
「うおおおお!! 私に何しろって言うんだ!! あんたの分担じゃないか! なんで私ばっかり社会から責められるんだ。あんたが悪いからでしょ!」
絶叫しながら凪を殴り続ける。
凪は全身の服の下を超薄型防具で固めている。防御に使っているマジックシートは戦闘能力のある者は完全には守らない。頭部が比較的安全というくらいで、後は凪の体術の力量次第となる。本当に危ない時は周辺を固めている隊員が守る。
暴力現場を撮影したりICレコーダーを取るのと同じことになるのだが、幸助を犠牲にするわけにはいかない。今回ジョーカーには手痛いが、凪が犠牲を払うことになる。
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