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第八章 証拠
3月上旬、学校の三学期が終了した頃、仁は早朝仕事前に制服を整え、ジョーカー本部児童保護施設の屋内庭園にいた。
「できたぁぁぁぁぁ!」
第四部隊隊長の五十嵐小夜が同じ制服姿で叫んで、先日知り合いになったボランティアスタッフの木村佳代と抱き合っている。その前に、幸助が生真面目な顔でちょこんと立っている。
小夜は手品マスター佳代から特別講習を受けて、技が成功した所だった。
小夜は幸助と仲良くなりたいらしい。幸助は素直な子だったが冷静沈着でこまっしゃくれて、小夜の熱血がから回っている。
仁はその日の15時、制服姿のまま本部をバイクで出発し、幸助のいじめ加害者宅に出向いた。
赤レンガ色の屋根の一軒家、平山家の縁側で、美しい容疑者少女がグラスのドリンクをストローで飲んでいた。
色はフルーツ・ラテのようだが、湯気が立ってところを見るとミルクセーキではないだろうか。陽気もいいし、彼女は庭の花を観賞しているのかもしれない。仁は門扉の前から話しかけた。
「平山優香ちゃん」
「誰」
「ジョーカー隊員、若鷺仁だよ」
「ジョーカーって何」
「武装福祉組織。くだけた説明すると、区役所のおにーさんの仕事と少し似てるよ」
仁は懐から写真付きの身分証明を出して見せたあと、もう一度しまった。
「君に用があって来たんだ。お庭に入っていいかな」
「いいよ」
門扉は開いていた。仁が少し中にお邪魔すると、優香はドリンクを縁側に置いてそばにやってきた。
「何の用」
「被害報告があったんだ。君、宮間幸助君をいじめた主犯だって聞いてるよ」
優香は楽しそうに笑った。
「濡れ衣だよ。暴力の証拠を出して」
仁はあっさり切り返した。
「じゃあ、君は暴力が存在しなかった証拠を出して」
「ええ?? 無条件で信じてくれるんじゃないの??」
仁は、驚いてのけぞった優香の前にしゃがむと、彼女の両方の二の腕を取って優しく笑った。
「冤罪ってね、ただでは信じてもらえないんだよ」
「それは大人の話でしょ」
「いじめ被害者は、大人と同等に被害の証拠を求められて苦しむんだ。加害者だけ子ども扱いされるのはおかしいよ」
優香が息をのむ。かわいらしい顔が突然老醜を帯びて引き歪んだ。門扉にくっついていたインターホンを自分で押して、保護者を呼び出す。
「ママ! ママ!」
典子が玄関からエプロンで両手を拭きながら出てくる。
「どうしたの、優香」
優香は母親のもとに走ってしがみついた。そして憎々しい瞳で仁を振り返る。
「私、いじめ加害者の濡れ衣を着せられたの。もう大人が信用できない!!」
典子は仁を敵と判断したらしく、挑むように歩み寄ってきた。優香もついてくる。
「ジョーカーね。あなたはどういう人?」
仁は膝を伸ばして立ち上がる。
「若鷺と申します。優香ちゃんのお母さんですね。お子さんの潔白を証明したいなら、いじめが存在しなかった証拠を出してください」
「あなた子供を信用しないわけ?」
「しません」
仁はスパーンと答えた。
典子も虚を突かれてのけぞった。
「ええ?! どうして」
「教師じゃないからです」
仁は肩の荷も軽く、余裕で答えた。
典子がうろたえる。
「そんな! どうやって証拠なんか出したらいいの」
「それはね、今まで被害者が必死になって考えてきたことです」
「あぁぁぁぁん、お母さん助けて。このお兄さん、怖い!!」
優香が芝居がかった泣き方をする。仁は優香に優しく笑った。
「優香ちゃん、君は信じてくれる両親と、仲間の力でいくらでも潔白の証拠を出せるはずだ。君の今までの正しさを、君の小さな世界の外で証明してごらん」
仁は平山家の門扉を出る。近くに停めていたバイクのところに戻ると、見知らぬ男性が拍手で近づいてきた。
「さっすがお兄さん!!」
「あなた誰」
「森田芳樹だ。優香のクラスメートの父兄!!」
芳樹は洋子や典子と同世代の30代後半に見える。ちょっと太めで小柄。頭髪が寂しい。彼は道路側から典子たちを見て面白そうだった。
「典子は鼻もちならないと思ってたんだ。ジョーカーにやられていいざま!」
「あなたは何をなさっていたんですか」
「やられてる幸助君を心配してたんだ。毎日心を痛めていたよ」
「それで何かしたの?」
「心配してたって言ったじゃないか。彼はどうしてやり返さないのか、僕も毎日悩んでいたよ」
「それで何が言いたいんですか」
芳樹はこぶしを握ると息まいて叫ぶ。
「加害者は厳罰化されるべきだ」
「僕、その話には乗らない」
仁はヘルメットをかぶり終わると、芳樹をほぼ無視してバイクに乗り込んだ。
「ええ?! どうして」
賞賛されなかった芳樹がうろたえている。
「動物は制裁する時だけ結束するんだ。制裁なんて誰でもできる。あなた子供を守るために何をやったの」
仁は口をパクパクしている芳樹を置いて発車した。本部に戻る。
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