【長州】明日は誰にでもやって来る

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ここは日ノ本で有数の温泉場で知られている湯田温泉。 この地で生まれた長州男児・井上聞多が自信を持ってお薦めする・・・いや、物凄く自慢したい故郷である。 ある日。 同志である伊藤俊輔を招き、日々の疲れを癒そうと二人はこの地でしばしのくつろぎの時間を楽しんでいた。 湯けむりの向こうに影が二つ。 頭から湯を被り、体を手拭で擦り溜まっていた垢や汗を洗い落とす。 さっぱりとした気分で絞った手拭を頭に乗せ、じんわりと汗が浮かぶ頃になると、二人は恒例になりつつある愚痴を零し始める。 「やっぱり、湯田の温泉はいいのぅ。・・・・・聞多、僕を誘ってくれてありがとう」 「何を言うちょる。お前もここの所忙しかったじゃろう。高杉の奴にええように使い回されて、苦労しとるんじゃないか?」 「まぁ。それは否定せんけど。聞多の方こそいつも高杉さんに無理難題を言われちょうろう。大変なんじゃないか」 「俺がか?」 「うん。前に『井上。100両都合せぇ』なーんて言われちょったろう?あの時の僕らには10両だって工面出来るかどうかも難しかったはずじゃ」 「あやつのいう事はいつも滅茶苦茶じゃからのう。こっちは呼び出される度に肝を冷やしちょる」 「でも、結局はやってのけちゃうんだよなぁ聞多は」 「俺にだって意地っちゅうもんがある。それが俺の役割でもあると判っちょるから、余計に『出来ない』とは言いたくないのかもしれんの」 「男じゃのう。聞多はぁ」 「あははは。そんなに俺を褒めても何も出んぞ」 「褒めちょらん。本当のことじゃけぇ」 「本当に俊輔は素直で良い奴じゃのう。それに比べて高杉の奴はどうじゃ。あやつの勝手さには目も当てられん。じゃが、何が悔しい言うたら、あれのやること成すこと総てにおいて結果的に長州は救われとるのが現実じゃ・・・・・。あれで、あの性格さえどうにかなればええんじゃが」 「それは無理じゃぁ!もし高杉さんが久坂さんみたいな真面目な人じゃったら、松陰先生に『鼻輪の無い暴れ牛』なんて言われちょらんけぇ~」 「それもそうじゃのう!」 二人は盛大な笑い声を迸らせた。 「ぼふぇっくしょいっ!」 冬の季節とあいまって少々風邪気味でもあった高杉は突如見事なくしゃみをかまし、これまた見事に両の鼻の穴から透明な液体の柱をぶら下げている彼を桂は苦笑しながら懐紙を手渡した。 「晋作。お前また誰ぞに迷惑を掛けたのではないだろうな」 「なんでじゃ」 差し出された紙を奪うように掴んで、乱暴に鼻をかむ。 その品の無い姿に桂は大きな溜息を吐いた。 「それだけ盛大なくしゃみをするほどだ、ただの風邪だけではあるまい。誰かがお前の噂でもしているのではないか」 「けっ!もしそうだとしたら俺の悪口を言いおるのは、きっと聞多と俊輔に決まっちょる」 「おや。そんなにまで彼らに迷惑を掛けているのか。同志は大切にしなくては駄目だぞ。目に見えるものは大抵金を出せば手に入れられるが、真の友や同志というのはそうはいかない」 「真の友と同志」 「そう。しかしそれは、救いの手を差し伸べるだけではなく、己の悪い部分も臆することなく教えてくれる者のことだ。井上はすぐ物事に白黒付けたがる性格をしているが、実に真っ直ぐで一度認めた人間を容易く見捨てたりはしない。伊藤も若いが、若いなりの斬新な発想で皆の関心を引く。良い意味で言えば、お前を変えてくれるかもしれないな」 「俺を?・・・・はっ!冗談言うたらいかんぞ桂さん」 「まぁ、今はまだ分かるはずもないか・・・・」 桂は己の肩を竦めてみせると、大きな掌でもって高杉の背中をとんと叩いた。 「さぁ。これから更に忙しくなるぞ。お前もおちおち女に感けている暇もなくなるだろうから、悔いの残らないように思う存分遊んでおけ」 「嫌じゃ!俺は隠居する!」 「またお前はそんな事を言うのか」 「嫌じゃ、嫌じゃ!俺は隠居するんじゃ。これは誰にも・・・。桂さんにも譲れん!」 「お国の大事な時に何と馬鹿げたことを言うんだお前は」 「じゃったら!」 「だったら何だ」 「佐那を俺に譲ってくれ。そうしたら俺は種馬の如く・・・・・」 ──────── ばこっ! 「あいたぁ!?」 「種馬の如く!?・・・貴様佐那に何をするつもりじゃ!」 「お?久しぶりに訛りが・・・・って、何も本で叩くことはないじゃろう!」 「やかましい!貴様事もあろうに佐那の名をこの場に出すとは何事だ!しかも『種馬』とは言葉の使いどころが違うだろう!」 「俺は佐那が好きなんじゃ!」 「好きだから何を言っても許されると思っているのか!!」 「どうしても諦められんのじゃ」 「・・・・嫁まで貰っておきながら何を抜かす」 「じゃあ、俺の嫁と交換するか?」 「・・・・・・・・・・・・・」 「ん?どうじゃ、桂さん。俺は佐那を幸せにする自信がありありじゃぁ!」 「ぶち斬られたいか、高杉よ」 怒りからかなんなのか。 すっかり我を忘れた桂は、先程までの落ち着いた口調から、思わず“誰?”と問いたくなるほどの豹変ぶり。 「か、桂さん俺は今病人じゃぞ!そんな俺にその物騒なもんを向けるとは、神道無念流の免許皆伝の名が泣くぞ!」 「貴様は佐那の名を汚した。それは俺の事を貶すより許せないことだ」 「ま、待て待て待て待てっ!」 「問答無用!」 「佐那ぁ~助けてくれえええぇ~」 ・・・・・・これでいいのか、長州男児。 頑張れ、長州男児諸君! 明日は誰にでもやってくる!! おわり
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