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犯人の自供
「2人ともごめん。」
重苦しい空気が流れている2人の沈黙を、はるかの言葉が引き裂いた。
これでもう後戻りはできない。
はるかはまともに2人の顔を見れなかった。
「はるか、どうかしたの?」
「顔色がよくないよ。なにかあった?」
2人ははるかのことを心配してくれている。
この大切な友人を裏切ってしまっている。
はるかは胸が痛かった。
「先輩を殺したの、わたし。」
「「えっ。」」
2人が同時に声をあげた。
それはそうだろう。そんなこと、想像もしていなかったはずだ。
「なに言ってるの、はるか。」
ゆきがはるかに詰め寄ってきた。
はるかの肩をぐっと掴み、その手はプルプルと震えている。
「2人に嘘は付けない。迷惑かけて、本当にごめん。」
「はるか、嘘でしょう?嘘だって言ってよ。」
あやねもはるかに歩み寄ってきた。
ゆきとあやねではるかを挟むようにして立ち、2人の手はしっかりとはるかの肩に置かれている。
「嘘じゃない。わたしが先輩を殺した。」
そう、これは紛れもない真実。
わたしが先輩の頭を、ハンマーで叩き割った。真っ赤な血が吹き出し、ピクリとも動かなくなった。あの手に伝わる嫌な感触は、いまでも覚えいる。はるかは自分の右手をゆっくりと見た。
どうしてあんな馬鹿なことをしてしまったのか。
どうしてもっと冷静に話し合えなかったのか。
はるかは自嘲気味にふふっと軽く笑った。
「いまから警察に行くよ。2人は、なにも知らなかったことにしてね。じゃあね。」
はるかは2人に背中を見せて歩き出した。
もう振り返らない。あの部屋にだって、二度と帰るつもりはない。
さようなら、ゆき、あやね。
「ちょっと待って、行っちゃ駄目。」
ゆきの声が聞こえると同時に、右腕がグッと引っ張られる感触があった。
振り返ると、ゆきが必死の形相ではるかの腕を掴んでいた。
やっぱり友達だね。
引き留めてくれるなんて。
でも、駄目なんだよ。
「ごめん、ゆき、時間がないの。警察がわたしに目を付ければ、必ずここにも来る。そうなれば、2人に迷惑がかかる。」
これ以上、ゆきの目を見られず、はるかは目をそらして言った。
「そうじゃなくて、こんなに早く事件が解決するなんて駄目なの。」
ゆきの言葉の意味がわからず、はるかはポカンとしてしまった。
聞き間違いかと思ったが、そうではないようだ。
ただ、その言葉がものすごく耳に響き渡ったことだけはよく覚えている。
「は?」
思わず聞き返してしまった。
この女は、何を言っている?
「せっかくこれからわたしたちの手で真犯人を突き止めようとしている時に、どうして自白しちゃうの?空気読んでよ。」
「ゆき、なに言ってるの?」
ゆきは先程よりかなり熱い熱量ではるかを責め立てていた。
自供したら、警察へ行くのか、逃げろと言われるのかはわからないが、もしかしたら説得してくれるのではないかと思ってはいたが、なんだこの展開は?
まだ頭がついていかない。
助けて。
助けて、あやね。
「ゆきの言う通りだよ、はるか。空気を読んで。自白するならもう少し後にしてよ。わたし達がある程度真相に近づいて、『もう駄目だ。』『どうしよう。』ってなった時のタイミングがベストなんだよ。だから、それまでいまはるかが自白したこと、わたし達は聞かなかったことにするから。」
あやねははっきりと言いきった。
いつもはクールで論理的に物事を考えるあやねが、まったく論理から破綻したことを言っている。
これは悪い夢か?
はるかは自分の頬をつねってみたが、目の前の光景はなにも変わらなかった。
「あやね、頭大丈夫?」
いまの時代では叩かれてしまう言い方を思わずしてしまった。
それくらい、はるかの頭は割れそうなくらい混乱していた。
「ゆき、話を続けよう。」
「そうだね。」
2人ははるかの話がまったくなかったかのように話を続けることにした。
そのあと、なにやら自分達の足元を気にしてバタバタと動いている。
どうやら、はるかが自白する前の立ち位置に戻りたいようだ。
まるで映画の撮影でNGを出してしまい、撮影再開をするような光景である。
やっぱり、これは夢だ。
1分前のはるかの自白を本当になかったことにしたいらしい。
2人はもとの位置に戻った。
しかし、はるかは呆然と立ち尽くしてしまい、元の立ち位置に戻れず、頭を少しでも冷静になれるように努めた。
「はるか、5歩前、2歩右。自分で考えて動かなきゃ駄目だよ。」
業を煮やしたゆきがはるかに指示を出してきた。
サッカーでもやっているのか。
仕方なくはるかは渋々と元の立ち位置に戻ることにした。
せっかくだから、付き合ってやろうと決めたのだ。
この2人がこの茶番劇にどう決着をつけるつもりなのか、逆に楽しみであった。
3人は、集まった時の二等辺三角形の立ち位置に戻った。
さあ、第2幕が始まる。
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