混乱

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混乱

「それじゃあ、先輩は誰かに殺されたってことで話を進めよう。」 ゆきは冷静に、さっきのはるかの勇気を振り絞った告白を全く忘れてしまったかのように話し始めた。 とりあえず、事件という方向で決まったらしい。 「それが一番可能性があると思うよ。」 あやねも相変わらず冷静だ。 しかしいまの状況では、冷静であればあるほど滑稽に見えた。 犯人はわたしなのに・・・。 「じゃあまずは、あやねとはるかが事件当日、つまり昨日の夕方から夜中にかけて、なにをやっていたのかを聞かせて。」 ゆきは本当に警察の真似事をしている。この状況を楽しんでいるようにも思える。 「ちょっと待ってゆき、もしかして、わたし達の事を疑っているの?ひどいよ。」 あやねははるかの手を取って、涙目になりながら自分達に疑いの目を向けるゆきを全力で非難した。 犯人はわたしなのに・・・。 「2人を疑っているわけじゃない。わたし達が先輩とサークルで一緒だったことはすぐに警察にわかってしまう。そうなったら、必ずわたし達のところまで警察が来る。だったら、いまのうちにみんなで確認しておこう。わたしは、2人の事を信じてる。」 ゆきは本当にわたし達のことを信頼してくれているのだろう。 この事件と無関係であれば嬉しいはずなのに、この2人のいまの言動は明らかにおかしい。 「だから、殺したのはわたしなんだって。」 仕方なくはるかは2人の目をしっかりと見てそう言った。 もうこの茶番に付き合っていられない。 早く警察に行かないと、2人を巻き添えにしてしまう。 「うるさい。」 「真犯人は黙ってて。」 2人は馬鹿だ。大馬鹿だ。やはり取り合うつもりはないようだ。 けどまあ、はるかが真犯人だということは理解してくれているようだ。 しかし、初めて聞く日本語だ。 とりあえず、真犯人はいまは黙っておこう。 「じゃあまずは、はるか。昨日の夕方から夜中にかけて、どこでなにをやっていたか話して。」 ええっ。わたしから聞く?本気なの? 数秒前の事を忘れてしまう記憶喪失の持ち主なのか? 「はるか、疑われたくなかったら、正直に話した方がいいよ。」 しかも2人同時に。 「どうしたの?話せないの?まさか、はるかが犯人だなんて言わないよね?」 ゆきが詰め寄ってきた。 どうする?ここでまた自分が犯人だと言うか?いや、それではなにも変わらないと思う。 とりあえず、流れに身を任せるか。とはいえ、嘘をつくわけにはいかない。 「はい、正直に話します。昨日は、夜の7時頃に先輩の家まで行って、少し話をして、部屋に置いてあった金槌で先輩の頭を殴って殺しました。」 さあ、これでわかったでしょう。 早くわたしを警察に連れて行くなり、逃がすなりしてくれ。 わたしは、殺人犯なんだ。 「なるほど。それを証明できる人もいないわけだから、はるかのアリバイはなしってことだね。」 うん、なんとなく予想通りの答えをゆきは言った。 これは悲劇か?それとも喜劇か? 「でも、はるかは人を殺せるような人じゃない。」 いや、殺したんだよ、あやね。わたしは人を殺したんだよ。 どうして聞いてくれないの? 「それはわかってる。」 いや、ゆき、あなたはなにもわかってない。 「じゃああやねは?あやねは昨日の夕方から夜中にかけて、なにをやっていたの?」 「わたしも言わなくちゃいけないの?」 「はるかは正直に話してくれた。あやねも話してくれないとフェアじゃない。」 そうだよ、あやね。正直に話しても大丈夫。 だって犯人はわたしなんだから。 というか、これ以上容疑者を増やさなくていい。 余計にややこしくなる。 「そこまで言うんだったら、ゆきから話してよ。」 「えっ、わたしから?いや、それは、ちょっと・・・。」 「どうしたの?なにがあったか話せないの?だったら、この中で一番怪しいのはゆきってことになるけど、それでもいいの?」 「話したくない。わたしには先輩を殺す動機がない。だから、話す必要だってないと思うんだけど。」 「はるかにだけアリバイを話させて、自分は話さないなんて、考えたっておかしいよ。ゆき、もしかして、先輩を殺したのって・・・。」 「だから違うって言ってるでしょう。」 「だったら、昨日どこで何をしていたのか話してよ。」 「言いたくないってば。」 「じゃあやっぱり、ゆきが犯人なんでしょう。」 ゆきとあやねはお互いの服が破れるんじゃないかという勢いでつかみかかっている。 わたしは一度冷静になって考えてみた。 あれ?先輩を殺したのって、わたしだよな?この滝澤はるかだよな? もしかして違うのか?わたしは犯人じゃない? わたしが犯人じゃないとすれば、このおかしな状況の説明が付く。 ゆきとあやねのどちらかが犯人、だから昨日のアリバイを言うのをためらっている。そして、わたしもこの争いに加わるべきなんだ。 でも、やっぱり違う。犯人はわたし。 犯人のわたしがアリバイを話したのに、この2人はどうして話さないんだ? ゆきとあやねはどうしてこんなに熱くなっているんだ。 答えは1つ。 この状況を楽しんでいる、大馬鹿だ。 とりあえず、流れに身を任せてみよう。 もし自分が無関係だとしたら・・・。 「2人とも、やめて。こんなところで喧嘩したって意味ないから。」 はい、とりあえず喧嘩を止めてみました。 この次の展開は、どうなる? 「止めないで、はるか。先輩を殺したのは、ゆきなんだから。」 「だから違うってば。」 ゆきとあやねは止めに入ったはるかを突き飛ばして言い放った。 うん、ゆきの言う通り。犯人はゆきじゃない。 は~あ、あと何回続くんだ、このやりとり。 「じゃあ話してよ。ゆきが昨日の夜、どこでなにをしていたのか。」 「ホストクラブ。」 のどかな公園に、不釣り合いなキーワードが響き渡った。 中央に立っている大木から、大量の鳥が飛んでいったように見えた。 いま、なんて言った? ホストクラブ?ホストクラブって、あのホストクラブ? わたしのイメージでは、かっこいい男の人が女性をおもてなしして、いい気分にさせてくれる場所。真ん中には、シャンパンタワーなるものが置かれている。 「なに?」 あやねが呆然としながら聞き返した。 そこからのゆきは無双だった。怖いものなど何もない。 恥もプライドもすでに捨てていた。 「ホストクラブに行ってたの。夜の7時から夜中の2時まで。」 長い。7時間?1日の4分の1以上の時間をホストクラブで過ごしたというのか、この女は。 一体いくら使ったんだろう。それが強烈に気になった。 「領収書だって残ってるし、信じられないなら、わたしのテーブルについてくれた、リョウ、ユウマ、ツルギ、シュン、ジュンギに直接聞いてみなよ。」 これもまた多い。 まあ、7時間もいれば当然か。 しかし、ジュンギか、ちょっと会ってみたいかも。 「いや、シュンとジュンギは逆だったかな。」 どっちでもいい。 というか、テーブルについてくれた順番通りに言っていたのか。 とんでもない女だ。 「寂しかったの。周りの男は誰も私の相手をしてくれない。でもホストクラブに行けば、みんなわたしをちやほやしてくれる。わたしを褒めて、おだてて、神と崇めて、いい気持ちにさせてくれる。そんなところにわたしが行くなんて、悪いって言うの?」 またおかしな方向に話が進んでいる。 「別に悪くなんてないよ。ゆきがわたし達に昨日の事を聞いてきたから、ゆきにも聞くのは自然な流れなんじゃない?」 「行ったのは、昨日が初めてなの?」 わたしは素朴な疑問をぶつけてみた。 今度行ってみようっと。 「今月はまだ、5回だけだよ。」 今月に入ってまだ5回か。 今日が何日か思い出してみた。8日だった。 「まあ、いまのゆきの話は信じるとして、やっぱりこの中に犯人なんかいないよ。もっと別の方法を考えてみたら?」 あやねが軌道修正してくれた。 やっぱり、こういう時は冷静なあやねがいると助かる。 「やっぱり、わたし達で犯人を見つけるだなんて、出来ないのかな。」 そろそろだ。 さっきあやねが言った、「ある程度真相に近付いて、もう駄目だ、どうしよう、ってなった時のタイミングがベスト。」 まさにここではないか。 やっと言える。やっとこの地獄から解放される。 真実を話す時がやってきた。 先輩を殺したのは、わたしなんだ・・・。
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