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真相
「あの、先輩を殺した犯人の事なんだけど・・・。」
はるかは恐る恐る話を切り出した。
いまなら大丈夫。
2人はちゃんと聞いてくれる。
そして、わたしを警察に連れていくなり、逃がすなりするはずだ。
「そういえば、あやねの昨日のアリバイを聞いていなかったよね。」
はい、まだでした。
そうだった。
まだあやねの事を聞いていなかった。
はいはい、聞きますよ。
どうぞどうぞ。
わたしの話はそのあとでゆっくりさせていただきます。
「わたしはいいよ。一人暮らしのアパートにずっといただけだから、誰も証明できないんだ。」
「そっか。」
早っ。えっ、もう終わり?
2人がこちらをちらちらと見ている。
ほらっ、ここだぞ。いまだぞ。いまが言うタイミングだぞ。
4つの目がこちらを急かしている。
はいはい、いま言いますよ。
さて、ちゃんとリアクションしてくれよ。
はるかは一歩前へ足を踏み出した。
「はるか、どうかしたの?さっきからずっと顔色がよくないけど、なにかあった?」
「もしかして、昨日の事件、なにか知ってるんじゃないの?」
はるかは思わず笑いそうになってしまった。
なんという下手くそなリアクション。
せめてもっと上手にやろうと思わないのか。
まあいい。
とりあえず、流れに身を任せよう。
「実は、先輩を殺したの、わたしなんだ。」
「えーーーーー。」
わたしがまだ話し終わらないうちに、ゆきが叫び出した。
話をやり直す時はあんなにすんなりいったのに、どうしてリアクションだけはこんなに下手くそなのか。
公園の中央の大木からまた鳥が飛んでいったように見えた。
「はるか、嘘でしょう?嘘だって言ってよ。」
あやねははるかの足元で倒れ込み、泣き出すように言ったが、すぐにスクッと立ち上がり、さあ、話を続けなさいと言わんばかりの目でこちらを見据えている。
冷静なことはあやねの長所であるが、こういう時は非常に厄介だ。
もう少し人間味があってもいいのに。
まあいい、これでやっと本当の事が話せる。
先輩を殺した時の、わたしの真実を。
「ごめんね。2人に迷惑をかけたくはなかった。誰にも知られないうちにこっそり自首するつもりだった。でも、急にゆきに呼び出させちゃったから、こんなことになっちゃって。」
「ごめん、はるか。」
ゆきが深刻な表情でこちらに頭を下げてきた。
やっとまともな空気になってきた。
そうだ。これが自分の待ち望んでいた空気なんだ。
「違う、ゆきを責めてるわけじゃない。もともとは、わたしが悪かったんだから。」
「ねえ、はるか。どうしてはるかが先輩を?」
あやねも冷静にわたしに尋ねてきた。
話が核心に迫ってきている。
この物語も、そろそろフィナーレだ。
「2人とも、さっき言ってたよね。先輩は誰かに殺されるような人じゃない。優しくて、包容力があって、いつもみんなを笑わせてくれていた。」
「うん、確かにそう言った。」
ゆきは、この話がどこに向かっていくのかまったくわからないようだ。
あやねと顔を合わせているが、あやねもまるで検討がついていない。
「でも、こうも言ってたよね?女性にはだらしないところがあったって。」
「うん、確かに。」
あやねはなにかに勘づいたかのようにハッとした。
「まさか、はるか・・・。」
「そう、わたし、先輩と付き合っていたよ。結構本気でね。」
言った。言ってしまった。
これで、何もかもがおしまいだ。
「まさか、いつの話?」
「先輩が大学を卒業する直前くらいから、ずっとだよ。」
告白したのははるかからだった。
先輩のことはずっと好きだった。でも、はるかのことなんか相手にするはずがない。
そう思って諦めていた。
だけど、もう卒業してしまう。
だったら、この想いを伝えるくらい、いいのではないか。
はるかは思いきって先輩に告白をした。
そしたらなんと、付き合ってくれると言うではないか。
はるかは天にも昇る気持ちだった。
それから、いままでずっと先輩と付き合ってきた。
少なくとも、自分は真剣だった。
あの時が来るまでは・・・。
「そんなはずないよ、はるか。だって先輩は大学を卒業してからもたくさんの女の人と付き合っていたはず。わたしが知っているだけでも、4人。二股をかけていたなんて話、聞いたことないよ。」
「馬鹿ね、あやね。二股をかけていないなんて、そんな話は全部嘘。先輩はずっとわたしと付き合ってた。なのに、わたし以外の女に次から次へと手を出して、それでも、最後にはわたしのところに戻ってきてくれるから、見て見ないふりをしていた。でも、結局わたしを捨てて、どこの誰だかわからない女と結婚するって聞いて、どうしても許せなかった。」
最後は思わず叫んでいた。
思い出すだけで涙が出てきそうだ。でも、それよりも、憎しみの方が上回ってしまう。
「だから、先輩を殺したの?」
「先輩の家に行ったのは、話をするため。殺すつもりはなかった。別に、わたしのところに戻ってきてほしいとか、そんなことは考えなかった。ただ一言、一言だけ謝ってほしかった。でも先輩は、悪びれもしないで言った。『俺と付き合えただけで満足だろ。』って。その言葉を聞いて、頭に血が上って、気が付いたら・・・。」
そこからの記憶はあまりない。
正気に戻った時、目の前には先輩が頭から真っ赤な血を流していて、わたしの手には金槌が握られていた。
急に怖くなったわたしは、金槌をその場に捨てて先輩の家を飛び出した。
後は家で膝を抱えて震えていた。
ゆきからの呼び出しの電話があるその時まで・・・。
「2人とも、先輩の何を見てきたの?誰かに殺されるような人じゃない?馬鹿じゃないの?あの人は元々そういう人。殺されて当然の男なんだよ。」
「馬鹿。」
すべてを言い放った時、頬に衝撃があった。
ゆきがわたしを殴ってきたんだった。
いい、非常にいい。最初からこういう展開になれば話は簡単だったのに。
青春ドラマのようで素晴らしい。
ただね、ゆき。
グーはよくないよ。
こういう場合、普通はパーで殴るよね。
どうしてグーで殴るんだ?本当の馬鹿なのか、こいつは。
メチャクチャに頬が痛い。口の中に血の味が広がっている。
こいつも殺してやろうか。いや、冗談冗談。
このあと、おそらくゆきはものすごくいいことを言うのであろう。
耳にしっかりと入ってくるかが不安だ。
わたしは口の痛みを我慢してグッと歯を食いしばった。
「わたしも女、はるかの気持ちは痛いほどわかる。でもね、はるか。世の中に殺されて当然の人なんかいない。わたしはそう思ってる。確かに、先輩のしたことは許されることじゃない。でも、先輩にだって家族がいたんだよ。これから結婚するつもりだった彼女だって、明るい家庭を夢見ていたはずなのに、それをはるかが全部奪ったんだよ。」
ゆきに言われて、わたしはハッとした。
そうか、そうなんだ。わたしは、自分の事しか考えていなかった。自分の気持ちだけを最優先していた。
でも、あんなひどい先輩にも家族がいた。
結婚する相手がいた。生まれてくるはずの子供だって、いたのかもしれない。明るい未来があった。
それを、わたしが・・・。
「わたしは、そんなつもりは・・・。」
なにを言っても、虚しく響き渡ってしまうだろう。
そもそも、言うべきことがなにも思い浮かばない。
「はるかが先輩を殺したのは、全部自分のため。自分が捨てられたから、自分が汚い言葉を浴びせられたから、ただそれだけ。残された人の気持ちなんて、これっぽっちも考えていない。あんた、最低だよ。はるかは、先輩がしたことより、ずっとずっと最低なことをした。その責任は、とらなくちゃいけないよね。自分自身で。」
どこかで、自分の事を逃がしてくれるんじゃないかと思っていた。
その選択肢があると思い込んでいた。
甘かったんだな。はるかは自嘲気味にほんの少し口角をあげて笑った。
ゆきに殴られた傷が、またズキッと痛み出した。
「うん、わかってるよ。だから2人は、なにも知らなかったことにしてね。」
「そうだね。わたし達は今回の事は何も知らなかった。でも、もし警察にはるかの事を聞かれたら、正直に答えるよ。あの子は、そんなことが出来るような子じゃないって。」
はるかはゆきの顔を見た。
優しい笑顔をこちらに向けてくれている。
その顔は、大学時代からの長年の友人の顔に戻っていた。
あやねの顔を見た。
何かを言いたげな顔をしているが、ゆきが言ってくれた言葉で十分だ。
わたしはあやねに対してゆっくりと首を振った。
なにも言わなくていいよ、あやね。
「ありがとう。じゃあ、わたし、行くね。」
「うん、気を付けてね。」
ゆきが笑顔で見送ってくれる。
これから警察に行かなくてはいけないのに、なんだろう、この胸に吹く爽やかな風は。
もしかしたらわたしは、こうなることをどこかで期待していたのではないだろうか。
万が一、ゆきとあやねがわたしを逃がしてくれたとしても、きっと自分の足で警察へ行っていた。それは断言できる。
そう、逃げられるわけがないんだから、引き際くらい潔くしなくてはいけない。
男らしく、という言葉はよく聞くが、ここは女らしく、正々堂々と歩いて行くとしよう。
はるかが公園の出口に歩き出そうとした時、いつから止まっていたのか、パトカーが停まっているのが見えた。
ゆきとあやねも、同じタイミングでそのことに気付いたようだ。
動揺した表情でわたし達は視線をキョロキョロと宙を彷徨わせていた。
その時、パトカーから1人の警官がこちらに向かって真っすぐ歩いてきた。
テレビドラマなんかでよく見る、中年で小太りだが、目つきは獲物を捕らえるハイエナのように鋭い。
わたし達に、いや、わたしに用があるのは明白だ。
わたしは覚悟を決めて歩き出そうとした時、ゆきが自分の目の前に立ちはだかった。
自分の目の前で友人が警察に連れて行かれるのは、どうしても我慢が出来ないようだ。
警官はわたし達の前で立ち止まり、深々と頭を下げてきた。
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