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教科書の引き換えが終わったら、グズグズせずに帰れというクラス担任の言葉を無視して喋ってたオレらは、午後も遅くなってから、ついに教室を締め出されて、それぞれの家路についた。
*
「夏川、ちょっとええか?」
自転車置き場で誠一を見送ったオレの背中に隣のクラスの村田が声をかけてきた。同じ中学の出身やけど、繋がりが薄いっちゅうんか、高校に入ってからも、あんまし遊んだことがない奴やったから正直なとこ、ちょっと驚いた。
「ええけど。なんや?」
「福井由梨のことなんやけどな」
村田の緊張した様子にオレは思わず身構えた。
「由梨が、どないしてん?」
「お前と勝負せなあかん。勝った方が由梨に告って付き合う。文句はなしや。これでええな」
*
おい。ちょっと待て、コラ!
一方的にまくし立てやがって、「ええな」も何も、話がぜんぜん見えへんやろ。
ちゅうことで、村田にあれこれ突っ込んだら、由梨がオレのことを友達以上に想ってるらしいことと、村田自身が中学ん時から彼女に惚れとったっちゅう事実を知った。
「そうやったんか」
「そや。せやから勝負じゃ」
福井由梨。
同級生の中では美人の部類に入る今んとこ最高の夜の友。今まで、こいつのあられもない姿を想像して、どんだけオレが眠れん夜を過ごしたことか……そのベスト・オブ・夜の友がオレのことを想ってるっちゅうだけで、両足の付け根で待機してる、小っちゃいオレにエネルギーが充填されてくるやないか。
しかしや……。
「勝負いうたかて、オレはお前と喧嘩はせえへんで。そんなしょうむない事しても損やからな」
「わかってる。それは、こっちも同じや。仕掛けたんは俺やから、どこで、どんな勝負をするんかは、夏川が決めてくれ」
「オレがか?」
「おぉ、何でもええで」
勝った。
お前、ほんまに頭ん中スッカスカやのう、村田。
オレは生まれて初めて優越感ちゅうもんを味わっただけやなく、早くも勝利の興奮に酔い痴れさしてもろたわ。英語や数学はあんまし出来ひんけど、現文と社会の歪な知識だけは誰にも負けへん。大体において戦では勝つ条件を整えた方が勝利するんは当たり前。せやのに戦場の設定までさせてくれるやなんて。
「大食いで、どうや?」
オレは笑いをかみ殺しながら真顔で言い放った。
「ええなぁ」村田は満足げに即答した。「言い忘れてたけどな、夏川。俺は、あの大皿アメリカンプレートで有名な『UN・カフェ』のダブルマン・カレーは大盛りまで食い切ってんねんで」
「そうかぁ。そら楽しみやな」
「そしたら、『UN・カフェ』やな?」
「いや。『多力食堂』のカツ丼の大で勝負や」
ダブルマン・カレーの大盛りやて。こいつ、ほんまに笑わしよる。
中肉中背で極端な大食いには見えへんやろうが、オレはダブルマン・カレーとフジサンライスの2皿をいっぺんに制覇した男なんやで。お前は知らんかったやろうがな。
どう転んだってオレの勝ちは動かへん。
まぁ。それだけに負けられへんな、この戦いは。
せやからこそ緊張感を欠いて、村田みたいな自慰狂に負けるようなことがあったら絶対にアカン。由梨はオレだけの夜の友……いや、オレの初体験をと決めた娘なんや。だから、自分を追い込むためにも勝負は『多力食堂』のカツ丼の大しかないっちゅうねん。
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