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「えっ! ほんまなん大将?!」
何ちゅう日や。今日は凹まされることばっかしやんけ。由梨のこと以上にショックやったオレは悲鳴に近い声をあげたに違いない。
「まぁ、しゃぁないんや」大将はやるせなさそうに頷いた。「注文しても携帯で写真だけ撮りよってな。カツをひと口、ふた口かじりよるだけや。あとは全部残しよる。最近は、そんな奴が増えてきてなぁ。せやから、先々月から大盛りは無しにしたんや」
*
丼鉢に、これでもかとギュウギュウ詰めにしたマンガ盛りの白米。
まるで、そこに戴冠されたようにしか見えへん、こぼれんばかりの卵とじのトンカツとザク切りのネギ。また、ネギ。
白米を攻める ―― 実際は掘り進む ―― のに必要不可欠なスプーンが、味噌汁と漬物が乗ったお盆とともに運ばれてくる衝撃。並みの胃袋やったら完全粉砕される威力を持つ税込み600円の掩蔽壕貫通爆弾。それが、もう思い出の中にしか存在せえへんなんて……。
「普通のカツ丼でも食べ応えはあるけど、どうする?」
肩を落とすオレが大将に「そしたら、それで」と小声で応じると、隣に座る村田もしぶしぶ追随。テーブルの向かいに座る由梨と北山は食べやすい量やとされるカレーライスを注文した。
こうして負けられへんカツ丼勝負は、勝利どころか不戦勝……いやいや。春の選抜高校野球大会のように流れていってしもた。
*
「はい。お待ちどうさん」4人の注文品を並べ終った、おばちゃんが店内のテレビに視線を転じた。「兄ちゃんら、食べたら早よ家に帰りや。また、たいへんなことが起こってるみたいやからなぁ」
店に据え付けられたテレビの画面では新型感染症の新しい症例が出たと司会者とコメンテーターが大騒ぎしてた。なんでも味覚や臭覚が麻痺した若い奴の中から、生きたままゾンビ化して人間を襲て喰う奴が出はじめたらしい。テレビの言うこっちゃから、ほんまか嘘かわからへんけど、ほんまやったら可哀想なこっちゃ。
美味しい食べ物の味と匂いがわからんくなるなんて、B級グルマンのオレからしたら、人間を喰うより、考えれんくらいデカい不幸や。
いや、ちょっと待て! まさか知らん間にオレもゾンビになりかけとったとしたら……。
オレは卵が絡まったトンカツをサクッと一口かぶると、その美味を口中に残したまま、出汁のしみた白米を掻きこんだ。
よっしゃ。やっぱし旨いやんけ!
*
「私、ゾンビって嫌い。きしょいもん」
「そんなん言わんといてぇな」由梨の言葉に北山がスプーンを置いた。「映画とか想像してまうやろ。もう食われへんわ」
甘い奴ちゃのぅ、北山君。
お前の目の前におる男はスプラッター・ホラーのDVDを楽しく観ながら、ミートパスタをガッツリ堪能できるナイスガイやで。
オレのそんな蔑みを知ってか知らずか、由梨が北山に追い討ちをかけた。
「だって、きしょいもんは、きしょいやん。それよか、早よ食べてぇな。ファミレスに行かれへんやんか!」
「へぇ。ファミに行くんか。その前に、ここのカレーは食わへんのか?」と、絶対的国民食に手を付けようとせえへん由梨にオレは質問した。
冷えはじめたカレールーの表面には薄っすらと幕が張りつつある。
「だって、あんたらの大食い競争を観にきただけで、お腹空いてないんやもん」
「大将が一所懸命に作ってくれたのにか?」
「そんなん、関係ないやん」
カツを口に運ぶオレの手が一瞬止まった。
おいコラ、ええ加減にせぇよ! 食材は無駄にされるためにあるんやないぞ、由梨!
だいたいからして、オレは用意された食べ物を残す奴は大嫌いや。そんなん、インスタ映えとか言うて頼むだけ頼んで、写メ撮って食わへん奴らと、どこが違うねん。ゾンビ映画でも、そんなカ奴は食べる物が無くなったら、弱い人間から食べ物を奪たり、腐った物でも口に入れよるようになるんや。まぁ、その後はギャーギャー騒ぎながら喰われるか、罰が当たって自分がゾンビになって……待て。待てよ、待て、待て。もしや。もし由梨がゾンビになったとしたら……。
オレはスマホいじりに余念がない由梨の顔を穴のあくほど見つめた。
あっ……撃てる。
銃があったら、こいつの頭に一発決めて斃せるわ。
ちゅうことは……由梨はオレにとって大切な人間と違ゃうっちゅうことや。夜の友であっても、それだけの存在っちゅうことやないか。
なんや。村田の言葉に踊らされて勘違いしたままになるとこやったやんけ!
危ない、危ない。なんや、そうか。
アカン奴っちゃなぁ、オレは。
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