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卒業
そんな充実した楽しい学生生活は瞬く間に過ぎ、残すところあと一年となった。
四年制の国立大学、その卒業試験はなかなかに過酷である。
卒業試験その1、卒業論文。
卒業論文と書いて【てつやじごく】と読む、と卒業試験に合格した卒業生たちが言っていたことから、在学生たちの間でも通称【てつや】として認知されている。
理由は、執筆を終える頃には徹夜が当たり前の習慣になってしまっていることに気づくから、とのこと。
卒業を控えた東雲と西園寺は、ただいま絶賛【自国文化】をテーマとした卒業論文を執筆中である。
同じテーマで、いかに他者と被らない論文を展開するかが高得点の鍵となる。
つい先日、課題テーマを発表しておいてまさかの提出期限が一週間とか、鬼すぎる、と西園寺は思った。
原稿用紙五十枚以上の論文とか、普通一か月くらいかけて仕上げるものじゃないのか、と文句を言いたい。
「……今日も雪か」
ふと窓の外を見れば、相変わらず吹雪が猛威を振るっている。
講義が休講になるのは嬉しいが、玄関の雪かきが面倒だなと思う西園寺である。
自室にこもって一人で作業していた西園寺だが、正直まったく捗っていない。
徹夜で構想を考えて、それを文字として打ち込むところまではやり遂げた。
あとは推敲するだけなのだが、これで徹夜何日目だろう、と西園寺は重い頭で考える。
現実逃避しかけた瞬間、眠気が襲ってきたので慌てて思考をぶった切る。
気分転換に部屋から出よう、と立ち上がった西園寺はついでに東雲の様子を見に行こうと思いついた。
西園寺がPC端末をもって共有リビングに移動すると案の定、共有こたつでぬくぬくと寝そべりながらも、黙々と執筆作業に没頭しているルームシェア相手、東雲の姿があった。
お互い徹夜続きのため、目の下のクマがひどい。
「……おい、東雲。どこまで書けた?」
東雲の足を踏まないように注意してこたつに入りながら西園寺が声をかけると、東雲は西園寺の方を見ることなく、寝そべった姿勢のまま淡々と答える。
「……あとは誤字脱字なおすだけ」
「くっそ、相変わらず優等生かよ。……ちょっと読ませろよ」
ついでにアイデア盗ませろ、と内心で呟きながら西園寺が身を乗り出すと、東雲はあっさりPC端末を差し出してくる。
「いいけど。……ついでに誤字脱字のとこチェックしといて」
「ふざけんなっ! なんで俺が……」
「君じゃなきゃ意味がないんだよ」
反射的に文句を言いかけた西園寺を遮るように、東雲が呟いた。
「は?」
意味が分からず戸惑う西園寺に、ちょっと仮眠取るからとクッションを引き寄せながら東雲は告げる。
「僕の頭には、すでにその文章が記憶されている。だから、誤字脱字があっても勝手に頭の中の正しい文章に変換してしまい、見逃す可能性が高い。第三者の目線でチェックしてもらったほうが、確実に誤字脱字を修正できる」
人の読むんだからそれくらいやってくれてもいいんじゃない、とばかりに東雲が流し目を寄こしてきたので、西園寺は舌打ちとともに苛立たし気にPC端末をひったくった。
「……まだ始まりでしかない」
半ば独り言のように東雲がぼそりと呟く。
「これで足止めくらってる場合じゃないってか」
そう、これはまだ卒業試験その1である。
これを提出したら次は、卒業試験その2が待ち構えているのである。
まもなく静かな寝息が聞こえてきたので西園寺が視線を向ければ、東雲は引き寄せたクッションを枕代わりに力尽きたように眠りに落ちていた。
データ消してやろうかと一瞬考えたが、隙のない東雲のことだ、バックアップくらいとっているだろう。
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