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きっかり15分経って、東雲は仮眠から目覚めた。
徹夜続きの眠気はとれないが、頭はほんの少しだけすっきりした。
ちゃんと寝るのは卒論を完成させてからにしたい。
こたつから身を起こして座りなおした東雲に、なんだか妙に静かな西園寺がPC端末を返してきた。
「……誤字脱字の修正しといた」
西園寺の言葉に、東雲はわずかに目を瞬く。
チェックしてくれとは言ったが、まさか修正してくれるとは思っていなかった。
それ以前に、手伝う義理はない、という顔を西園寺がしていたので、チェックしてくれと言ったものの、特に期待はしていなかったのだが。
「……礼は言わないよ」
そもそもそこまで頼んでないし、と内心で呟いた東雲に、西園寺は何故か苛立たし気に声を上げる。
「言われてたまるか! 俺が勝手にやっただけだ! ……後で、ちゃんと確認しとけよ」
「言われなくてもそのつもりだよ」
かわいくねーやつだな、と小さく吐き捨てる西園寺を無視して、東雲は戻ってきたPC端末に目を落とす。
黙読して問題なければ、印刷をかけて、紙媒体にしてもう一度目を通し校正しよう、と東雲は考えたところで、自分に向けられる西園寺の視線に気づく。
何だろう、とあえて視線は合わせずに西園寺の様子を探る。
気のせいかイライラしているように見えた。
こちらの卒論を読み終えたのならもう用は済んだはずなのに、西園寺が自室に戻ろうとする気配はなく、かといって持ってきているPC端末で執筆作業するでもなく、ただ何か言いたげに訴えてくる眼が、ちらちらと東雲に注がれる。
東雲としてはこのまま沈黙していてもよかったが、この状態がいつまでも続いたらさすがに気が散るので、仕方なくこちらから声をかけてやる。
「……視線が鬱陶しいんだけど、何?」
問いかけると、西園寺は何故か恨みがまし気に東雲を睨みつけてきた。
そんな視線を向けられる覚えはない東雲は眉を顰めるしかない。
あぁくそっ、と吐き捨てた西園寺は苛立たし気に頭を掻きむしる。
「……おまえの卒論読んだせいで、俺の卒論の構想がおかしくなっちまった! どうしてくれんだよ、おまえのせいだぞっ!!」
声を荒げて頭を抱える西園寺に、イラついていたのはそれが原因か、と納得した東雲は淡々と言い返す。
「そうか。なら、それが君の卒論なんだろ」
「あああああああああっもうっ! なんなんだよこれっ!! こんなわけわかんなくなるなら、読まなきゃよかった……!!」
今から全部書き直せってか、とこたつに突っ伏す西園寺を見て、東雲は現実を突きつける。
「いいから早く修正すれば。締め切り明日だよ」
「わかってんだよ、そんなことはっ!!」
ドンッとこたつを叩く西園寺に、東雲はわずかに顔をしかめる。
借り物の家具なのだから、感情のままに八つ当たりしないで欲しい、と何度も何度も言っているのだが、まったく聞きやしない。
「……専属家庭教師はどうしたの?」
彼に手伝ってもらえばいいんじゃない、と呟いた東雲に、西園寺はハッと笑い飛ばす。
「……あぁ、アイツ? なんか知らねーけど、娘の結婚式がどーのこーのって、職務放棄して高飛びしようとしたから、解雇してやった」
「あっそ……」
だから最近姿を見なかったのか、と東雲な内心で納得する。
「……なら、一人で頑張るしかないね」
「チッ……他人事だと思って」
「他人だからね」
「修正してやったのにっ……!!」
「頼んでない。君が勝手にやったことでしょ」
適当に西園寺の相手をしながら、東雲はさっさと自分の卒論を仕上げてしまうことにする。
しばらく苛立たし気に唸っていた西園寺だが、やがて諦めたのだろうか、「俺は決めた」と呟くや否や、徹夜続きのストレスをぶつけるようにキーボードを叩き始めた。
自室に戻ってやればいいのに、と自分のことは棚に上げて東雲は内心で呟く。
寮費を半額にするから西園寺とのルームシェアをしてくれ、と頼まれた時は、最初どんな厄介ごとかと身構えたものだが。
金がないのは事実だったので、仕方なく引き受けたものの、そんな理由で始まったルームシェアが、卒業近くまで続いていることを改めて思い返して、東雲は意外と悪くないと思っている自分に気が付いた。
金銭感覚が違いすぎて腹立つこともあるし、家事能力皆無で腹立つこともあるけど。
そのたびに寮費半額のため、と言い聞かせてきたな、と東雲は一瞬遠い目をした。
「……すぐ出ていくと思っていたのに」
「あ? 何か言ったか?」
「いや、別に」
それからしばらく、二人でこたつに入りながら黙々と作業を続けた。
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