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最悪な出会い
ある九月の秋の日、私の前に突然、見知らぬ人が現れた。
正確には名前だけは聞いたことあったのだが、話した事すらも、対面したこともない人物だった。
この町では、毎年一度だけ、住民全員による選挙が行われる。
選挙と言っても、議員や町長を決めるような物では無い。この町の全住民が投票でアイドルを決めるのだ。
そんな他の町の人間が全員目を疑うような謎のイベントの最終日、何も考えず寄った投票会場の中でそいつは現れた。
「あなたが、真凛さんですか?」
高い身長に優しそうな顔ぶれを持つ、敢えて例えるなら紳士と言うのが妥当な男性が言った。とても優しそうで素敵な人だった。見た目だけは。
夏だというのに、その体は黒と白のスーツに包まれており、髪は黒く短くも長くもないほどに切られていた。
「は?そうですが、私に何か用でしょうか?」
それに対し、少女が橙の髪を結わえたポニーテールを揺らし振り向いた。
自己紹介が遅れた。私は真凛、栗花落真凛(つゆりまりん)だ。
別に特別な人生を歩んできた訳でもなくただのうのうとこの一五歳まで暮らしてきた、どこにでも居る平凡な人間だ。
この投票イベントでも二十より多くの票を勝ち取った事は無い、そんな私にこいつはなんの用があると言うのだ。
「真凛さんも、このイベントで勝ちたい、輝きたい人間の一人なのですか?」
目の前の紳士が言う。何が言いたいのかさっぱりわからない、言いたいことをはっきりと言わない人間は嫌いだ。
「勝ちたくないと言えば嘘になる、そのくらいです。それよりまずあんたは誰なんだよ」 すこし言い方がキツかっただろうか、紳士は少しの間驚いた後すぐに先ほどと同じ顔に戻り、優しい口調で話し始めた。
「おや、申し遅れましたね、私めは衣払升九(いばらい ますく)と言う者です。あなた を全力で勝たせに参りました」
言ったことのインパクトより、今までキツい口調で話してきたこの紳士の名前に衝撃を受けた。
衣払升九、そいつは最近この町へ越してきた国内有数の大富豪である。
ますます意味が分からなくなった。なんでこんな人が私なんかを訪ねて来たのか、このイベント最終日に今更何をすると言うのか、紳士は言葉を続けた。
「今のイベント一位は九五〇票ですか、楽勝ですね。さぁ真凛さん行きますよ」
「ちょっ・・・何する気なんですか、私の票は一二票ですよ?」
このイベントは少しどころでは無いほど、理不尽だ。票は最初に住民全員に配られる一票を除き有料で買う事が出来る。
もちろん無限に変える訳では無く、五十票目くらいで既に一票千円とかになるのだが。 しかし、この紳士が投票した票の数は私の想像のはるか上を行き、私に驚きより恐怖を植え付けた。
その数一千票。私の元の票数十二と合わせて私の票は一位の方を超え、名も無かった私は一気に一位に躍り出た。
「......え?」
「どうですか? 真凛さん。今日は最終日、これ以上一位の方に票が入る事はないでしょう。おめでとうございます、晴れて一位ですね」
気づいたときには私は逃げ出していた。
こんな事があるはずが無い、これは夢、全部悪い夢なんだ。今日寝て起きたら名前はランキングから消えていて、一位の人の表彰を呆然と見ているんだ。
そんな事を心の中で叫びながら家に帰った私は、倒れるように寝てしまった。
翌日、昨日早く寝てしまったからか両親より早く起きてしまった。
ピンクの可愛らしいパジャマを着たまま歯磨きなどを済ませ、お腹が空いたので勝手に冷蔵庫を漁り適当なものを食べ、ニュースを見る。
大体この時期のニュースはイベントの事で持ちきりだ。私は真っ先に締め切り後の順位を見る。
私の名前が・・・あった。堂々と一位に輝いている。昨日の紳士の言葉が頭の中をかき乱す。
あぁもう諦めよう、私はそう思った。
悲劇とは一度に非ず、何度も人を苦しめるものである。
そんな名言っぽい事を考えながら、真凛は「周りの人たちに祝福され、ドレスを来た状態で大富豪の紳士の横で花束を持っている」というこの状況を理解しようとした。
あれは...二時間ほど前の事だったか、見事(?)イベント一位に輝いた私は、運営に呼び出されドレスを着させられ、表彰台に立った。
ここまでは良い。問題はその後だ、何やら今回からの催しで、一番多く一位のアイドルに票を送った人はアイドルと一緒に表彰台に立つらしい。
ふざけるな、そんな私の声は届かず、今の状況に至ると言うわけだ。
「それでは、今回のアイドルとその最大の支持者に一言ずつ話を聞きましょう。新アイドルの真凛さん?今の気持ちは?」
妙にテンションが高い司会が私に問いかけてくる。
「えー...私のような人間がこの場に立てたことを、とてもうれしく思います」
誰が見ても私の顔は青ざめているだろうが、とりあえずそれっぽい返事をしておいた、これで特に騒ぎになることは無いだろう。
この後あいつが変な事を言わないのならば、の話だが。
「では今度は真凛さんに一千もの票を送った升九さん、今のお気持ちは?」
「とてもうれしく思いますね。そして、この場を借りて一つ言わせてもらうことがあります。」
会場が少しざわめいた、それと同時に私の体からは冷や汗が吹き出し、味わった事の無い嫌な予感を覚えた。
「私は真凛さんが大好きです。結婚を前提に、私めとお付き合いしてください。」
升九が清々しい顔でそう言い放つ。
あぁ...こいつやりやがった。
会場が先ほどの比にならないほどざわめき、所々から「ヒュー」やら「きゃー」とかいう声が聞こえてくる。
私の平凡な人生は、ここで 最悪な形で 終わりを迎えた。
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