嫁ぎ先は大富豪

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嫁ぎ先は大富豪

 私の人生が(悪い方向に)変わったあの日、あの紳士の言葉の後私は突然倒れたそうだ。  別に驚いた事では無い、あれだけの住民の前でプロポーズをしやがったのだからショックで倒れるのも当然といえば当然だ。 自室のベッドで目を覚ました私に母が「大丈夫?」と声をかけてくれた。  とてもうれしかった。いかに親とはいえ、倒れていた自分を気遣ってくれる人が側にいるというのは、いい気持ちだ。  ただし、 「おはようございます。どこか痛む所はありませんか? 真凛さん」 「うん、大丈夫。ありがとうママ。あと・・・なんであんたがここに居るんだよ!?」  その親の隣にこの紳士がいる事だけが、私に多大なるストレスを与えた。 「あらあら、真凛。将来の旦那さんに向かってそんな口調じゃダメよ?」 「え?」  母が私をなだめる。  どういうことだろうか、升九がおちゃらけてこんなこ事を言い出すのはわかるが、なぜ母が升九の事を将来の旦那さん等と言うのか。 「あぁ、御義母様には真凛さんが眠っている間に話をつけさせて貰いましたね。素晴らしい、との事です」 「私の意志は!? 後ママの事を御義母様って呼ぶな!」 「良いことじゃない真凛。優しくてイケメンで大富豪、こんなにいい人が真凛をお嫁さんにしたいって言ってるのよ?私は嫁ぐべきだと思うわ」  ......私には自己決定権と言うものは無いのだろうか。  確かにこの紳士には嫁ぐべき理由が十分にある。しかし、ただの勘にすぎないのだが、こいつは恐らくおぞましい「何か」を持っている。そんな気がする。 「と言うことで私めはここでお暇させていただきますね、いい返事を期待していますよ。真凛さん。」  私は、しばらくぼぅっとしていた。  とりあえず母に相談する。あいつの元に行くかどうかはそこで決めよう・ 「逆に真凛は、なんで升九さんの所には行きたくないの?」 「それは・・・」  私は口ごもった。流石に勘とは言えない。  もちろん理由は「好きじゃ無い」からなのだが、それだけの理由で私にあそこまでしてくれた升九の好意を断って良いのだろうか?  私が升九に嫁げば、升九だけで無く、両親も喜ぶだろう。  私は決断した。 「ううん何でも無い。私、まだ嫁ぐかどうかはわからない、でもあの人の所へ行ってみるよ。」 「うん、それが良いと思うわ。行ってらっしゃい。」  急いで準備をする。長居するつもりはないので、持つ物は少なかった。 「行ってきます。」  既にドアを開けて外に出ていた真凛には、母の「真凛の引っ越しの準備しておくわね。」と言う言葉は、聞こえていなかった。  升九の家に行くと言ってもあいつも町の住民なので、そう何時間も歩くわけではない、せいぜい二,三十分くらいだ。  心の準備をする暇も無く私はあいつの家に着いた。 「うわぁ...流石大富豪、豪邸って感じの家だなぁ。」  城とまでは言わないが、それでも相当な大きさの家だった。  私だって女の子だ、こういう豪華な家に住んでみたいとか思ったことは一度だけではない。  こんな所にあいつは一人で住んで居るのだろうか。 まぁそんなことはどうでも良い、あいつは待ってるって言ったのだ。 「これで不在だったら許さないからな」  八つ当たりのような言葉を吐きながら私はインターホンを鳴らす、反応は無い。  少しイラッとしたので、もう一度インターホンを鳴らすことはせず、ドアに近づいて行く。  開いていないだろうと思いながら引いたドアは、意に反して簡単に開いた。 「え?」 「お邪魔します...」   失礼だろうか、いや、これも待っていると言ったあいつが悪いのだ。私は家の中に入っていく。  靴を脱ぎ、だんだんと奥に進んで行く。それにしてもだだっ広い家だな。  途中でたまに「升九さんいませんかー?」と言いながら歩いて行くと、ふいに横から声が聞こえて来た。 「真凛さんですか?」  元々あまり驚きを口に出さない性格なので、声には出さなかったが、とても驚きながら声が聞こえた方向を振り返る。  そこに居たのは、髪から水が滴り落ち体からは湯気が立ち上る、マスク一枚以外は何も着ていない全裸の升九だった。 「このような姿で申し訳ありませんね。風呂上がりだったもので」  ならばなぜマスクだけつけているのか、マスクをつける時間があったらまず下着を履け。「っ...なんで下履いてないの!?」 私はあいつを極力見ないようにしながら、問いかける。 「なぜか、ですか...真凛さんだから、ですかね」 「帰っていいですか?」  即答した。なんで会って二日の人間に裸体を見せられるのか。  うん、やっぱり結婚なんてしない方が良い。そう思って帰ろうとすると 「待って下さい真凛さん、私めに何か用があるのですか? 何もせず帰られては御義母様も悲しみますよ」 「うっ...」   たしかにその通りだ。ここで帰ってはなんの意味もない。 「結婚の事はまだ決めていませんが、話をしに来ました」 「はい、分かりましたね。では服を着てくるので奥のリビングで待っておいていただけませんか?」   なぜかかしこまって敬語になってしまったり、いろいろあって忘れていたが、そういえばこいつまだ全裸だった。やっぱり帰ろうかな。  言われたままリビングで待ってみる。  豪華な見た目にしてはあまりギラギラした部屋では無かった。茶色を基調にしたシンプルな色使い、家具も机に椅子、テレビなど必要最低限なものしかない。  とても暮らしやすそうな部屋である、いや、別に私が住む訳では無いのだ。何を考えているんだ私は。  五分くらいでスーツを着た升九が紅茶を片手に戻ってきた。  こいつ、何も言わなかったら格好いいのにな。  升九を見ながらそんな事を考える。すると、 「じゃあそろそろ話しましょうかね。まず真凛さんは、私めと結婚したいのですか?」  いつ切り出そうかと思っていたのに、あいつに先に切り出されてしまった。 「そんな訳ないだろ。私はあんたが嫌いだ、この話もさっさと切り上げて帰りたい」 「ふむ...? そうなのですか」  なにやら升九が不思議そうな顔をしていたが、気にする事も無いだろう。 私は言葉を続ける 「でも、私があんたと結婚して私の周りの人が喜ぶのなら、してやってもいいかも」 「そんな考えでは駄目ですよ、真凛さん。他人では無く自分が幸せで無ければ意味はありません」  なかなか良いことを言うではないか。 「じゃあ決まりだな、私はあんたと暮らしても嬉しくない。帰らせて貰う」 「そうですか...」  あれ? 思ったよりあっさり引いた。  まぁいい、自分が帰れば良いだけだ、私はドアノブに手をかけリビングを出ようと... 「真凛さん!」   升九が今まで聞いたことのないような大声を発し、私は驚いてすぐに振り返った。 そこには、少し方を震わせ、うつむいた升九がいた。 「私は真凛さんが大好きです。出来ることならば真凛さんが好きな人と幸せに結婚してほしい。ですが」  升九がこちらを見る。  その目は少し、潤んでいた。 「私は私が大好きな真凛さんと暮らしたい。我が儘かもしれませんが、自身の気持ちを裏切りたくはありません」  升九は深く息を吐き、気持ちを切り替えるように息を吸った。 「お願いします真凛さん。結婚はまたいつかで良いのです。私と付き合って...同棲して下さい」  何かが、私の心を動かした。  升九が初めて「私め」ではなく「私」と言った。それだけではない。今の間だけで升九の新たな面を知った。  もっとこいつの事を知りたい、表は最低で変態な紳士だが、裏には見た目通りの素敵な面がある。  拒否なんて、出来るものか。 「あぁ、分かった。付き合ってやる。ただし結婚はその先だ。」   升九は涙目のままいつもの緩やかな笑顔に戻り、 「ありがとう...ございますね」  いつもとは違う、感謝の言葉を述べた。 「あ、でもまだ引っ越しとかの準備してないし、また後日な」 「そうなのですか? でも御義母様が...」 そう言った所でインターホンが鳴った。  升九と一緒に玄関に行きドアを開けると、そこには引っ越し屋と思われる服装の人間とトラックが止まっていた トラックから運び出されたものは、私の部屋のものばかりだ。 「御義母様が引っ越し準備をして届ける。と言っていましたね」 私は急いで母に電話した。母から一言。 『え? 出かける時に言ったじゃない。ふふ、我ながらいい仕事をしたと思うわ』  よくないよ...ママ...  私の荷物が升九家に運ばれてゆく。 「いろいろありましたが、これで晴れて恋人同士ですね。改めて、これからよろしくお願いします」 「......はい...よろしくお願いします...」
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