そいつの名はアラモード

1/1
前へ
/9ページ
次へ

そいつの名はアラモード

「最近まともな睡眠をとってないよな、私」  目覚めて早々、真凛はそんなことを呟いた。  升九とあった初日は疲れすぎて夕方には寝てしまい、二日目にはショックで倒れてしまっている。しかも昨日は升九家に慣れず早朝まで寝付けなかった。  幸い、私には二階に自身の部屋がしっかり用意されていて、升九と一緒に寝るわけではなかった。  早朝に寝たはずなのだが、今は6時、一,二時間ほどしか寝ていないようだ。  いつもなら二度寝するのだが、なぜか目が覚めているので一階に降りることにしよう。  階段に向かう途中、升九の部屋の前を横切った。まだ寝ているようだ。それにしてもなぜドアを開けているのだろうか。不用心な。  階段を降りてリビングに向かう  リビングのドアの前に立ったとき 「ほぅ...これはいいですね、これも使えそうです」   そんな声と一緒に、ガサゴソ...という音が聞こえてきた。私は立ち止まる。  誰だろうか、昨日見た限りでは升九家に升九以外の人間は住んでいないはずだ。升九が他の人間と一緒に居たのは見たことが無い。そうなると  泥棒だろうか。そんな考えが浮かんだ。あの不用心な升九なら窓やドアの鍵を開けている可能性もある。私は確信し、勢いよくドアを開けた。 「誰!?」 「ひゃいっ!?」  急に現れたから驚いたのだろうか、冷蔵庫の前にいたそいつが手に持っていた荷物を落とした。  それは......人参だった。 「......え?」  なぜ...人参なのか。泥棒ならばもっと金目の物を持って行くだろう。 「どなたですか...?」     先ほどのような荒々しい聞き方ではなく、今度はすこし普通に聞いてみる。 「貴方こそ誰なのでしょうか?」  教えてくれない、警戒心が強いのだろう。 「その人は私めの家のメイド、アラモードさんですね」  後ろから急に升九が現れて答えた。先ほどの声で起こしてしまったのか。  なぜだか申し訳ない気分だ  アラモードと呼ばれた彼女は、とても綺麗な女性だった。  クリアブルーと銀の中間のような色の透き通った髪が肩より少し上くらいまで伸ばされており、優しそうな顔つきの奥には少しだけ疲れが見える。  メイドか、なるほどそれならリビングで人参を持っていたのにも納得が...ん? 「升九一人暮らしじゃ無かったの!?」 「? えぇ。そういえば真凛さんは会っていませんでしたね。アラモードさんは昨日まで休暇を取っていましたので」  そうだったのか。ずっとこの部屋が十以上ある家で一人暮らしをしているものだと思っていた。 「そしてこちらは真凛さん。昨日から私の恋人になられた方です」 「へぇ...ご主人様付き合ったんですか...!?」  私と同じような反応だった。 「これはこれは...失礼しました、真凛さん。私はW・H・アラモード、当家のメイドをしています。これからよろしくお願いします」 「あ...真凛です。昨日升九と恋人になりました。よろしくお願いします...」  さっきの情けない驚き方は少し不安だが、これだけ真面目な人なら私の非日常も少しはマシになるだろう。  私は軽くお辞儀をした。  それから詳しい説明などがあり、一通り終わった後朝食となった、  どうやら升九には料理の才能がなく、升九家の朝食と夕食はアラモードさんが作るらしい、人参を持っていたのもそのせいだ。  彼女の作ったシチューは高級レストランかと思うほど絶品で、尚且つ普通の家の朝食ほどの量があるのだからこれ程嬉しい事は無い・  私は朝は苦手なので朝食はあまり食べないのだが、このシチューだけは丸々一杯、しっかり食べることができた。  朝食を食べ終わるとアラモードさんと一緒に升九が仕事に行くのを見送り、彼女と二人きりになった。 「アラモードさんは、なんで升九のメイドになったんですか?」  私は率直に聞いた。あんな変人のメイドになる人なんてそうそう居ないだろう。  ならばなぜ、彼女はあいつのメイドになんかなったのか。 「長いので、モードで良いですよ。私がご主人様のメイドになった理由ですか...」  彼女は少し考えた後、控えめな笑顔を浮かべながら言った。 「私、世界で一番大好きな妹が居るんです。」 「はぁ。...それと升九になんの繋がりが?」  妹、か。そういえば私にも姉がいたな。もう家を出て行ってしまったが。 「えー...っとですね..ご主人様がなんの仕事をしておられるか知っていますか?」 「あいつの仕事ですか、そういえば知りませんね」 恋人の仕事を知らないとは、いや出会って一週間も経ってないが。 「ご主人様はアイドルのプロデューサーをしております。そしてご主人様がプロデュースしているアイドルと言うのが、私の妹なのです」  ......????? 待て、頭が追いつかない。  モードさんの妹がアイドル。そしてそれをプロデュースしているのが? 升九? だと?  ...理解はしてないがわかったという事にしよう。 「でも、それでもメイドになる必要はないんじゃないですか?」 「だってメイドになれば升九さんの仕事について行って可愛い可愛い妹を存分に見られるじゃ無いですかじゃあ考える暇も無くメイドになる選択肢しか無いでしょう?」  えらく早口だった。 「...そうですか」  そう答えた。そう答えるしか無かった。  私は頭が痛くなったので部屋に戻って掃除でもすることにした。  モードさんもまともでは無かった。  どうやら升九に関わる人間は全員変人らしい。(偏見だが)私はこれから先まともな人に出会えるのだろうか...そんな謎の夢を持ってしまうとは。  やっぱり平凡な人生のままが良かったな、私が升九に出会って良かったと思うことは、この先指で数える程しかないだろう。 「じゃあ私はご主人様の迎えに行ってきますので」  モードさんは凄まじく機嫌が良い様子で言った。  あぁ...きっと妹さんに会うんだろうなぁ...。そんな気がする。 「さぁ...掃除でもするか」  今日から少しずつモードさんに料理を教えて貰っているのだが、私が一人前になるまではモードさんが食事を作るらしい。  それまで私の役目は、特に練習など要らない掃除、洗濯程度だ。  モードさんに聞いたのだが、升九の仕事場は県外で、私達の町が県境に近いと言っても移動には高速道路で一時間以上かかるらしい。つまり掃除をする時間は十分にある。  リビングはある程度片付いているので、基本的に片付けは細かい部屋など。  私の部屋に風呂、升九の仕事部屋や書斎など、一部屋一部屋隅々まで掃除をしていく。  廊下の奥から反対側にある階段に向けて掃除していると、ある部屋の前で私は足を止めた。  階段に一番近い部屋、今朝も見た升九の寝室だ。 「マジか...」  残りはこの部屋だけである。別に掃除しなくてもいいのだが、他の部屋全て掃除してこの部屋だけ放置というのはなぜか少し気が引けた。  さっきも仕事部屋など「升九の部屋」には入ったことはある...しかしそれはあくまで仕事用、仕事に必要な道具しか置かれていないのだ。  だが、ここは升九の寝室...唯一のプライベートルームである。趣味など、升九の全ての情報が詰まっているのだ。 「......よし」  私は心臓の鼓動を早まらせながらも、その部屋へ入っていった。  ...見た感じは至って普通である、壁には何も貼られる事は無く、ベッドの下(なぜか確認しないといけないような気がした)も、何もなかった。  床に落ちていたペンも、なんの仕掛けもない。私はペンは机の引き出しの中に入れるようにしていたので、無意識に升九のペンも引き出しに収納しようとする。 「ん?」  引き出しの中には、写真が数枚入っていた。仕事場なのだろうか? 見知らぬ大人と杯を交わし合あっている写真。旅行先なのか海外の美しい場所での集合写真。そして最後の一枚は...  スーツ姿の升九と、向かいに立っているウェディングドレスを着たモードさんだった。 「ふぅ...落ち着け...落ち着け私...別に大した事では無い。なんかの冗談だ...」  深く呼吸をする。数秒、頭をフル回転させ考える...そして至った結論は、 「やっぱりおかしいだろ!? なんだよこの写真!」  理解不能、だった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加