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升九家家族会議
静寂に支配された空間、机の両サイドに二つずつ並べられた椅子には、片方に中学生か高校生くらいの少女が、その向かいには背の高い優しい顔つきをした男と、同じく背の高い女性が座っている。
そして、机の中心には、一枚の写s――
「だから! なんで升九とモードさんのハネムーン写真があるの!?」
「いやですから...これにはいろいろな事情がありまして...」
「事情ってなに?」
「............」
私の向かいに座る男、升九は引きつった笑みを浮かべ、モードさんは顔を真っ赤にしながらうつむいている。
さっきからずっとこれだ。結婚しては無いと言う癖に、じゃあなんなのかと聞かれたら黙り込む。なんかむずがゆい。
「...はぁ...わかった。 じゃあ一週間待つ。そのかわり一週間後には絶対に言うこと!」
「...わかりましたね」
ふぅ、ひとますこれで良いだろう。
家族会議のせいで遅くなった晩飯を凄まじく気まずい空気のなか食べ、それからも一言も喋らず、結局そのままベッドに入った。
「怖かったかなぁ…」
そもそもなんで私はあんなにムキになっていたのだろう。
升九とモードさんが付き合っている、それはそれで良いのでは無いか?
元より付き合ってはいても結婚する気などないし、適当な時期で離れることも出来る...
ならばこのままでも...
そんな事を考えていたら寝てしまっていたようで、私の目の前には朝日に照らされた明るい部屋が広がった。
それからの日々は、ほぼいつもと変わらないものだった。たまに無言になることはあったが、いつものように会話をし、いつものように生活をした。
まぁ私は一週間後に打ち明けてくれればいいので何も言うことは無い。
いつもと少し違う事が起こったのは、五日目だった。
「真凛さん、私は少し用があるので、代わりにご主人様の迎えに行ってもらえませんか?」
「え? でも私車運転出来ませんし...」
何を言っているのだろう?
「あぁ、そこら辺は大丈夫です。電車で行ってきてもらえますか?」
電車?なぜお金を使ってまで迎えに行くのか。飲み会でもあるまいし
「そんな事なら升九一人で帰った方がいいと思うんですが...」
「いえ、それがですね...」
周りには誰もいないのだが、モードさんは私の耳に口を近づけてひそひそと話した。
「ご主人様より偉い方がおられるのですが、無駄に話を続けようとするので、他の誰かが無理矢理引き剥がさないとご主人様は終電を逃してしまうのです」
「えぇ...」
なかなかに意味不明な理由だったが、そうなのだろう。
「わかりました...」
モードさんから往復の電車代を貰って、私は駅へと向かった。
思えば電車で県外に行くのは初めてだろうか。私が住んでる地域は割と都会なほうなので買いたい物は基本的にここで揃った。
電車賃が500円を超える事も初めてだ。
4駅ほど進み、電車を乗り換えてまた4駅ほど、途中で寝そうになったが寝たら大変な事になってしまうので唇を噛んででも起きた。
わかってはいたが、アイドル事務所があるほどの町だ。私の地域とは比べものにならないほど都会だった。
そこらじゅうにネオンの光が灯り、空は既に暗くなり始めてはいたが星の一つも見えない。
「うっわぁ..すごい... あいつ毎日こんな所に来てんのか...」
私ならこんな所にずっと居られる気がしない、早く帰ろう。
駅から徒歩10分程度、何階あるんだ、という感じのビルがあった。入り口の前にはアイドルのポスターやら看板やらがある。
もちろん入ろうとすると止められる。しかしモードさんによると私の説明はしてあるらしく、「升九の関係者です」と言うとすんなり入れてくれた。
升九は5階に居るらしいのでエレベーターで5階まで行き、通路を歩いていると
「あら、あなたが升九のお嫁さん?」
ふいにそんな声が聞こえた。振り返ると、すこしふくよかな女性がいた。升九の知り合いだろうか。
「はい、そうですが」
「やっぱり!ちょっとお話しない?升九の話一杯聞かせてあげる!」
「え、いや私はすぐ帰らなk――」
「ほらほらこっち来て!」
なぜか手を引っ張られ無理矢理連れて行かれた。こういう職業の人間は全員強引なのだろう。思いっきり偏見だけど。
そっから20分くらいは話された気がする。なんだ...? 大阪のおばちゃんなのかこの人は。
「でねでね、升九一回結婚しかけたことがあって...」
「!」
さっきまで無心で聞き流していたが、意識が急に引き戻された。
「その話詳しく聞かせてもらえませんか?」
「? えぇ良いわよ? やっぱりお嫁さんは旦那さんの結婚の話は聞きたいのかしら...」
「いえ全然そんなことはありませんし私はまだ嫁ではありません付き合ってるだけです!」
......そういえばさっきお嫁さんと呼ばれて返事をしてしまったような...
「ふふ、可愛い子ね。えーと...あれはいつだったかしら。一昨年の社員旅行だったような」
社員旅行だと?何を言っているんだ。
「本当はアラモードちゃんは行く予定じゃなかったんだけど、未空ちゃんが行くって言うから...」
「未空?」
またなんか違う固有名詞が出てきた。
「あぁ真凛ちゃんは知らないのね、未空ちゃんはアラモードちゃんの妹よ」
なるほど、にしてもモードさんは外国っぽい名前なのに未空さんは日本語名なのか。何か事情があるのだろう。
そして妹が行くというだけで社員でもないモードさんが無理矢理行くあたりチョロいというかなんと言うか…
「それでね、楽しそうだからって王様ゲームをしたのよ」
...子供か...?
「で、未空ちゃんが王様になって『3番と6番はこれから結婚したフリをしてください…!』っていったのよ」
ん? 何か嫌な予感がする。
「で、見事に升九とアラモードちゃんが当たってね、2人が旅行終わるまで夫婦になったのよ~?」
ぁ...ぇ...?ちょっと待て、私は...
「あと旅行の途中で結婚式場を見つけたからこんな写真撮ったの!」
そういって彼女が見せた写真は、私が升九の寝室で見つけたものと全く同じ写真だった。
視野が狭くなっていた、なんであんな写真一枚で升九とモードさんが結婚してるなんて思った...?
私が馬鹿みたいではないか、と言うか馬鹿だった。
早く、升九たちに謝らなくては。
「ありがとうございます!用事があるので失礼します!」
「えっ!? ちょ...まだ終わってないんだけど...!?」
そこまで広いビルではないのだが、私は走った。
エレベーターを通り過ぎて2つめの部屋、その扉を勢いよく開けた。
「失礼します!」
「おや?」
「え?」
そこに居たのは、升九と、おじさん...と言えばいいのか、とてもダンディな顔つきをした男性だった。
この人が例のお偉いさんだろう。
「申しわけありません...えーと...」
「私ですか? 私はこの会社の社長を務めている小野津(おのず)という者です」
社長だったのか。偉いどころじゃないじゃんモードさん...
とりあえず話が長いらしいので、升九から切り離さなくては。
「小野津さん!用事があるので升九を連れて帰ってもいいですか?」
牽制とばかりに切り出し、私と小野津さんとのの戦いが――
「あ、いいですよ。お疲れ様でした」
――一瞬で終わった。
「え...? いいんですか?」
「あ、はい。でも連絡があるので出口までついていっても良いでしょうか。」
「はい...それくらいは...」
話が長いのではなかったのだろうか? そのあとも小野津さんは出口までは話していたものの、すぐに見送ってくれた。
升九と適当な話をし、駅まで歩いて行く。すぐにでも謝らなくてはいけないのだが、なぜか言い出せなかった。
この時間は帰宅ラッシュと終電の間らしく、都会にしては乗客がほとんどいなかった。言うのは今しかないだろう。
「あ、升九、」
「真凛さん。」
私の言葉は、升九の言葉によって打ち消された。
「アラモードさんから、小野津さんから引き剥がせ。って言われたのでしょう?」
「...うん」
「あれは...嘘なんです。...小野津さんは話は長いですけど、粘着するような人ではありません。」
「じゃあ...なんで?」
升九やモードさんが冗談でも嘘をついたところは見たことがない。
「謝らなければ、いけないと思いましてね。あの写真のことを。」
「え?」
升九が謝る必要などあるものか。私が謝らなくてはいけないのに。
「あの日、私とモードさんは...」
「待って、升九が謝る事なんてない」
今まで言い出せなかった謝罪は、私の意に反して簡単に出た。
自分の勘違いをを自分で謝る、いつもの私だったら恥ずかしくて逃げてしまうのではないだろうか。しかし、だからといって升九やモードさんに謝らせるのは、違う気がした。
「升九の会社の人から、聞いたんだ。ただの王様ゲームで決まった結婚ごっこだったって」
升九ははっきりとではないが、驚いた顔をしていた。
「全部私の勘違いと妄想だった。ごめん、升九やモードさんは何も悪くないのに」
すこしばかり目頭が熱くなった、情けない。そんな気持ちで一杯だった。
「いえ、あんな写真をずっと残しているわたしも悪いのです。すこし恥ずかしいとはいえ、アラモードさんの思い出だったので」
「思い出って...あんなのが?」
私は、すこし吹き出しながら言った。
「えぇ、素晴らしい思い出ですね。」
そういった升九の顔も、少し笑っていた。
升九とは、そのまま談笑しながら帰った。
玄関にはモードさんが申し訳なさそうに立っていたのが、笑い合っている私と升九をみて安心したのか、すぐに笑顔で話に参加してきた。
「ご飯、出来てますよ。一緒に食べましょう」
「今日のご飯はなんでしょうかね」
「ホールケーキの味噌煮込みです」
「何それ!?」
「ふふ、嘘ですよ、回鍋肉です」
「回鍋肉ですか。美味しそうですね」
「ご飯のおかわりってある?」
「えぇ、ありますよ」
意外と、皆心配だったのかもしれない。これまで話さなかったことを、笑いながら話し続けた。
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