テイクアウトOKですか?

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テイクアウトOKですか?

 モードさんは奇妙な人だ。  いや、基本的には優しくて有能で完璧人間なのだが...妹を前にするとちょっとアレになるのだ。  私が升九の家に引っ越してから、そろそろ一ヶ月が経とうとしていた。  最初の頃は色々あったが、モードさんとの生活にもだんだん慣れてきた。 「真凛さん、夕飯ですよ」 「あ、はーい」  この家に来た時との変化というと...まず外に出ても騒ぎが起きなくなった事だろうか、これでも町のイベント一位だ、最初の頃は買い物をしただけでひそひそ話が絶えなかった。  あとは、モードさんに対して少しフランクになった。モードさんはメイドとしての意地なのか元々なのか常に敬語だが私の方からはです、ます、は使うがかしこまってはいない。 「今日は何作ったんです?」 「今日は蕎麦ですね。ご主人様は今日忙しいらしく迎えは夕食後でいいそうです」  ほう、あの升九が残業、珍しいな。職業が職業なのもあるが、升九はああ見えて無駄に、と言っていいほど仕事が早いので残業などすることはほぼないのだ。  まぁいいや、今は関係ない。それに、今日の蕎麦は見るからに美味しそうだった。 「いただきます!」 「いただきます」  いつもより一つ声が少ないが、別に寂しさを感じるわけでも無く、私達は蕎麦を食べ始めた。    最近、特にやること、やりたいことが無いときは升九の迎えに同行するようにしている。  それは「升九に会いたい!」とか言う乙女的な感情ではなく、本物のアイドル用の機材とかを見ると少し気持ちが昂ぶるのだ。これも乙女的な感情なのだろうか。  私はモードさんの車の後部座席に乗り、既に見慣れた物となっている景色を見ながら升九の会社へと向かう。  現在の時刻は8時だが、外はまだ完全に暗くはなっていないようだ、温暖化とかの影響だろうか。  そんなことを考えている内に車はビルへと着いてしまった。景色は見慣れたがこれを目の前にした時の圧倒される感じはまだ慣れていないようだ。 「まだ終わらないようなので、真凛さんは自由に見学して良いそうです」  車を止めてきたモードさんが言った。よし、ナイス残業。  私は早歩きでスタジオへと進む。 「きゃっ!?」 「うわぁっ!?」  横から何か突進してk― 否、誰かとぶつかった。 「痛た...私は下手なラブコメの主人公でもヒロインでもないんですよ...?」  ぶつかった女の子は言った。  こっちの台詞だよ...そんな事を言う前に、私は目を奪われた。  黒髪、なのだが少し茶色がかっている、廊下の電気に照らされた腰ほどまで伸ばされているそれはどちらかというと赤茶色に近いと言える。  目が悪いのか、眼鏡をつけているが、それでも抑えきれないくらいには顔が綺麗だ。席開いて無いようなのでテイクアウトしたいんですがいいですかね?  ...やばい。そろそろ5秒くらい経つだろう、何か言わなくては。 「お持ち帰りしていいですか?」 「はい...?」  おっと、つい心の声が出てしまった。 「はぁ...初めて見る顔ですね...どなたですか...?」 「あ...私は栗花落真凛です」  別にこれから会うこともほぼ無いだろうから、あまり言う意味も無いだろうが。 「...そうですか。私はハイドです。よろしくお願いしますね...」  ファーストネーム?かミドルネームかはわからないがそれしか教えてくれなかった。ハーフなのか。意外なものだ。それによろしくとはどういうことだろう。 「じゃ、仕事あるので...」  と言って彼女は行ってしまった。うぅむ...なんとも不思議な。 「よいしょ...」  私は立ち上がり、再びスタジオへと向かう。  あぁ、可愛かったなぁ...ここのアイドルだろうか。  ちょうどその時モードさんから連絡が来た、升九の仕事が終わったみたいだ。 「また会えたらいいな」  相手も女の子だし恋なんぞではないが、憧れのようなものが私の中にはあった。今のところ喋り方のイメージはアイドルとはかけ離れているが。  それにしても..誰かに似ている気がする。あの落ち着いた話し方とか...誰だっただろうか。  かすかな疑問を抱いて升九がいる部屋へと走ってゆく。 「ただいまー!」  結構なハイテンションで扉を開ける。升九とモードさんがすこし驚いて振り返った。よかった、小野津さんはいないようだ。  しかし、 「おかえりなさいませ...先ほどぶりですね...」 「......ぇ...?」  そこに居たのは、さっきの少女だった。さっき見たばかりでも、やはり可愛らしいと思う。 「あら真凛さん、既に未空さんと会っていたのですね。」  升九が平然とした顔で言う。 「一応紹介しておきますね、私めが担当するアイドルで、アラモードさんの妹、未空さんです」   ...はい? 私がきょとんとしていると、続けてウォーカーさん改め、未空ちゃんが話し始めた。 「よろしくお願いしますね...」 「あ、はい...」  私は頭の中の疑問符を全て押さえ込み、無理矢理理解した。 「ではご主人様、帰りましょうか」  仕事している時の引き締まった表情で、モードさんは言った。 「未空さんも気をつけてお帰りください♪」  と思ったら、急に表情が緩みきった、こういうとこあるよなぁ...モードさん。  4人で出口まで行き、そこで未空ちゃんと別れた、どうやら彼女は電車で帰るようだ。 「では、また明日...」 「じゃあね~」  お互いに反対方向を向き、帰って行く。振り返る時に見えた彼女の顔が少し暗かったのは、気のせいだと信じたい。  モードさんの車の中、私は今日ずっと聞きたかったことを聞いてみた。 「そういえば、なんでモードさんは妹の未空ちゃんのことをさん付けで呼ぶんです?」  ずっと疑問に思っていたのだ。なぜ実の妹をさん付けして呼ぶのか、敬語を使うのか。 「あら、話していませんでしたか、未空さんは血がつながっている姉妹では無いんです」  まぁ...大体わかっていた。名字が英語名であるのに、ハーフ的なところは一つも感じられなかったからだ。 「私が高校生の頃、家庭の事情で私の家に引き取られた未空さんは、とても怯えていました、だから、私は怖がられないようにずっと敬語で優しく接してきたんです。それで敬語という訳です」  はぁ、なるほど。  しかしモードさんが大人になった今でも敬語を使うだろうか、さすがに5年以上経ったら慣れると思うのだが。そう言いたかったが、プライベードにつっこむのは違うかな。 「そうなんですか...ありがとうございます」  聞いた事を少し残念に思った。  因みに升九が喋らなかったのを少し不思議に思って見てみると、疲れてたのか無言で寝ていた。子供みたい、そう言ってモードさんと笑った。  ピーンポーン  周りが静かだったからだろう、升九家に鳴り響いたインターホンの音がこちらにも聞こえる。  今の時刻は午前2時である。望みはここしか無いのだ。どうか反応してくれ。  ガチャッ 「どなたですか...こんな時間に...」  目をこすりながら少女がドアを開けた  寝ていたのだろうか。彼女の髪には寝癖がついており、ボーッとしている。  私はその少女、真凛に懇願する。 「お願いします。私を...この家に泊めて下さい...」  下げていた頭を上げ、真凛の目を見つめる。やっと目を開けた彼女は自分の顔を見て驚いたのか、少し後ずさりした。 「なんで...?」  彼女の質問は、別に私の要求に対してでは無いようだった。ただ、私がなぜここに居るのかという単純な質問。  彼女は私の名前を呼んだ。 「未空...ちゃん...!?」        
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