5年分の愛

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5年分の愛

「家出...かぁ...」  一室だけ明かりが灯っている部屋、リビングで私は紅茶を飲みながら言った。  10分ほど前、深夜2時という時間にもかかわらず、我が家のメイドであるモードさんの妹、未空ちゃんがやってきた。  本当なら升九やモードさんも交えて話すべきなのだが、この時間なのもあって二人とも寝ている。私の独断で呼ばないことにした。 「はい、一般的に言えば家出と呼ばれるものです...他のアイドルの家に行くのも良かったのですがさすがにいきなりすぎると言われたり2人住めるスペースが無いとかの理由で断られまして......」  まぁだいたいの理由はわかった。  どうやら彼女の親は厳しいらしく、彼女がアイドルになることに猛反対していたらしい。それをアイドルになった今でもずっと掘り返してくるとか。  私の父さんは同じく厳しいが、特別な日以外はほぼ毎日出張に出ているし、母さんは割と緩くなんでも許してくれるような性格だ。自分でも父さんが2人常に家に居るとか考えると少し吐き気がする。 「それで嫌気がさして家出...いつになったら帰る、とかあるの?」 「...無期限、ですね...」  彼女は目をそらしながら言った。  これは...私が決められる事では無いな。 「とりあえず...2人が起きたらまた話しましょ。私はここで寝るから、私の部屋で今日は寝てね」 「いえ、私がここで寝るのでいいですよ...?  彼女は少し困惑しながら言った。 「未空ちゃんがもしここに住むことになったとしても、今は客人だから、ちゃんとベッドで寝てね。あ、モードさんと一緒に寝る?」  すこし冗談めかして言ってみた。モードさんも喜ぶのではないか。 「あはは...それは......無理ですよ...」 「? そう、じゃあ私のベッドで。場所わかる?」  未空ちゃんが寝ないと言うことも十分に予想していたのだが、今の間と「無理」という表現は何だったのだろうか。  未空ちゃんを私の部屋に案内し、またリビングへと戻る。  眠くない。そういえばお茶にもカフェインって入ってるんだっけ、寝ようと思ってコーヒーを飲まなかったと言うのに、結局変わらないではないか。 「なんだったんだろうなぁ...」  今日は不思議に思う事がたくさんあった。主に未空ちゃんとモードさんについてだが。  他人のプライベートにむやみに首を突っ込むのは違うと昨日も反省したはずなのだが、どうやら性格というのは簡単には変わらないらしい。  何か事情があるのか...知りたい。どうやったら知れるか... 「はぁ...」  思いつかなかった、眠くは無いが思考能力は既に消えているようだ。寝るしか無いか。  升九が一人...升九が二人...升九が...  古典的でアホらしいが、これはこれで面白い。続けていよう。 「...眠い...」  失敗だった。おとなしく未空ちゃんと私の部屋で寝れば良かったのに、リビングで寝たらモードさんが料理する音で起きるとは考えなかったのか朝の私。 「~♪(ニコニコ)」  そして料理しているモードさんは満面の笑みである。そりゃ最愛の妹が朝から家に居るのだから喜ぶのは当たり前だ。  この笑顔が毎日見られるのならこの眠気も関係ない...そのくらい美しい表情だった。  私と升九、未空ちゃんが座る机に朝食のホットドッグが並べられていく。 「申しわけ無いのですが、私めは今日出張なので、手短に決めさせて貰いますね。未空さんが家に住むことに反対の人は居ますか?」  升九が聞く、手を挙げる人は居なかった。 「私めも反対しませんし大丈夫ですね。と言うことで未空さんは今日から我が家の一人となります」  升九が一人で拍手をした。  いや早いよ。話し始めて1分で家族増えるとかありなの? まぁ異論はないけどね! 「では私めは出張に行ってきますので、2日ほど帰ってきませんがその間3人で暮らしてくださいね」  升九はホットドッグを片手に玄関へと走ってゆく。 「いってらっしゃーい」 「いってらっしゃいませ。ご主人様」 「いってらっしゃいです...」  また、升九家に新しい声が加わった。   「で、あの時は大変だったんですから...」  食事中、基本的に未空ちゃんの話で盛り上がっていた私達は、30分かけて朝食を食べ終えた。  後片付けなどをしているモードさんは、まだリビングに残るそうなので、私は部屋に戻ろうとした。 「じゃ私先に部屋戻るから...」 「あ、真凛さん、待って下さいませんか?」 「へ? 何かあるんですか?」  どうしたのだろう。 「あ...いえ...何かあるわけでは無いのですが...ここにいてくれませんか...?」 「別にいいですけど...」  ......本当にどうしたのだろうか。私はこの後もトイレ以外どこかに行こうとする度なぜか引き留められた。 「ふぅ...終わりました...真凛さん、有り難う御座います」 「真凛さん...よくわかりませんが姉さんの我が儘を聞いてくれてありがとうございます...」  姉妹は揃って頭を下げた。 「あ、いやそこまでしなくていいんだけど...」  なぜか私まで申しわけ無く思ってしまった。  それから各自自分の部屋(未空ちゃんはベッドが無いだけで普通に部屋はあるので、そこに居てもらった)に戻り、自由に暮らした。  しかし二人が部屋にいる中、私は一人升九の寝室へと向かっていた。先ほど未空ちゃんやモードさんと一緒にいて、少し気づいたことがあったのだ。 「これか...」  私は升九の棚から「社員旅行」と書かれたアルバムを取り出す。モードさんと升九が行った例の旅行だ。 「やっぱり」  そのアルバムには少なくとも100枚以上の写真があったのだが、その中に未空ちゃんとモードさんのツーショットが無いのだ。  モードさんが、未空ちゃんと二人きりになることを拒否してる...?  誰かに言ったら「ほっとけ」って言われるだろうか、確かに私には何の関係も無いかもしれない。しかし、モードさんが車の中で私に話したときのような辛そうな顔を、もう見たくないのだ。  そう考えながら自分の部屋に戻っていたはずの私の脚は、モードさんの部屋の前で止まっていた。  私は息をのんで、その扉を開ける。 「モードさん」  机に座って読書をしていたモードさんは、ノックもせず扉を開けた私に視線を向けた。  別に自然に聞こうという気持ちは無かったので私はドアを閉め、率直に聞いてみた。 「なんでモードさんは、未空ちゃんを避けてるんです?」  モードさんが明らかに動揺した。 「そっ...そんなこと無いですよ...?」 「じゃあなんでさっき私を引き留め続けたんですか?」  モードさんは沈黙したが、やがて、おおきなため息をつき、苦笑いをしながら話した。 「私、怖いんですよ。未空さんとの関係が変わってしまうのが。」 「...うん?」 「あの時も言いましたが、私はこの口調、性格で未空さんと暮らしてきました。」  モードさんは苦笑いをやめ、少し辛そうにしながらも話した。 「私だって出来ることなら未空さんともっと近づきたい、心の距離も、実際の距離も」 「うん...」  覚悟はしていたが、やはり相手に辛い告白をさせるのは嫌だ。 「真凛さん、私が未空さんへの接し方を変えても、私達の今の関係は壊れないでしょうか」  モードさんは、確実を歩む人間だ。だからこそ今悩んでいる、可能性に賭けられないのだ。 「モードさん、それは必ず壊れるよ。私はモードさんと未空ちゃんを知らないから、良い方向に壊れるかはわからないけど」 「では、やっぱり私はこのまま――」  私はモードさんの言葉を遮る。 「でも、モードさんは悩んでるじゃん。未空ちゃんが受け入れてくれる可能性があるなら、そしてそれでモードさんの悩みが無くなるなら、やるべきだよ」 「そう...ですね...」  モードさんは、肯定はしたものの、まだ顔は暗かった。 「未空ちゃんはこの先も家に居る。もしかしたらずっと居るかも知れない。だから、私はモードさんと未空ちゃんが一緒にいるところが見たいな」 「...!」  私は、にんまり笑った、何かを伝えるように。 「少し、未空さんと話して来ます」  モードさんは立ち上がり、そのまま部屋を出て行ってしまった。  その顔は私には見えなかったが、恐らく、とてもいい顔だったのだろうなと思う。      確実な道を通って生きてきたのはいつからだっただろう。  学校で、あるいは働いていた時期で、常に人に指示する立場であった私は、いつの間にか「挑戦」という言葉を忘れていた。  出来る範囲で出来ることをする、自分が出来ると思う事だけをする。なんて面白みの無い人生なのだろう。とても良い人生とは言えないし、良い人生にも変わらない。  だから私は挑戦する。今からでも私の人生を良い人生にするために。 「未空さん」 「なんでしょうか、姉さん」 「話したいことがあるんですがいいですかね?」 「もちろんですよ」  いつもの話し方で話していると、今からこれを変えられるのか、少し不安になる。 「私は未空ちゃんの事が大好きです。」 「はい、わかってますよ」  言い慣れた言葉のはずなのに、何か特別に感じる。 「だから、もっと近づいていいですか? 貴方の側に居ていいですか?」  妹が、困惑している。唐突だっただろうか。 「一緒にお菓子を作ったり、それを食べさせ合ったり、二人で語り合ったりしたい。そんな今までの関係とは全く違うを関係になってもいいですか?」  妹がうつむき沈黙する。そのままこちらに歩いてきた。  殴られるだろうか、やはり駄目だったか。 「ずっと...待ってたんだから...」  そんな声と共に、妹は私に抱きついた。 「え...?」 「私だって、お姉ちゃんが大好きだし...もっと近くにいたいもん...」  私は微笑んで、 妹の頭を撫でる。  すると、妹は顔を上げる、妹が顔を埋めていた私の服には、水が滲んでいた。 「ありがとう、未空」  私も、未空を抱きしめた。  一方その頃―― 「いやぁ、仕事終わりに飲む酒ってのはいいもんだなぁ! あっはっはぁ!」 「えぇ、その通りでございますね」  升九は、仕事終わりの飲み会で出会った男性と話をしていた。  相手は50...いや、40代だろうか。暗めのオレンジ色をした髪で、大柄な男だった。 「ところでおめぇさん、名前はなんて言うんだ?」 「私めですか? 衣払といいます。貴方は?」 「響きの良い名前だなぁ! 衣払! あ? 俺か? 俺はな...」  その男は笑いながら答えた。 「...栗花落だ」 「...ほぅ...?」  前触れも無く出てきた自信の恋人の名に、升九はひどく混乱した。  
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