最悪との出会い

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最悪との出会い

 升九が仕事に行って2日、帰宅する日、真凛の父親もまた、家に帰っていた。 「おぉ、久しぶりだなぁ母さん。真凛がイベント一位になった時ぶりか!」 「えぇ、そうね。あなたあの後すぐに出て行ったもの、寂しかったんだから」  母親は腹をたてる。 「寂しかった? あぁ、そういえば真凛はどうしたんだ?」 「言ってなかったっけ? あの子は…」  母親は今までに起こった事を、一通り説明した。 「何…?」  仕事道具を置き、上着を脱ぎ始めていた父親は、また上着を着直した。 「あら、どうしたの?」 「その升九さんって人に挨拶をしないのもどうかと思ってな、ちょっくら行ってくるわ」  父親は笑顔でそう言い、玄関へと向かう。その額には、うっすらと血管が浮かんでいた。  この事が起きる少し前、升九家 「只今戻りました」 「おかえり~!」 「お帰りなさいませ、ご主人様」 「お帰りなさい…」  先ほどもうすぐ帰ると報告を受けていた3人は、玄関で升九を迎えた。 「ふふ、ありがとうございますね」  升九が笑いながら感謝を述べる。 「今日の昼食は、ご主人様の出張の終わりを記念して、デザートにショートケーキを用意しています」 「ほんと!?」  モードさんがショートケーキを買っていた事を知らなかった私は、主役である升九より早く反応した。 「おや、それは有り難いですね。味わって戴きます」 「では昼食を作り始めますね。」 「お姉ちゃん、私も手伝うよ」  未空ちゃんがモードさんの服を引っ張って言う、昨日から、未空ちゃんはこうやってモードさんを手伝うことが多くなった。 「ありがとう、未空」  モードさんも幸せそうなので良いことだ。 「では、私は一旦お風呂に入らせていただきますね」 「いってらっしゃーい」  升九を見送った私は、特にやることも無いので部屋に戻っていた。  ショートケーキ...食べるのはいつぶりだろう。小学校低学年くらいだった気がする。あまり覚えていないが。  数十分後、モードさんに昼食が出来たと伝えられた私は、4人で昼食を食べていた。 「やはりショートケーキは良いですね。とても美味しいです」  早々に昼食のパスタを食べ終えショートケーキを食べている升九が言う。 「ショートケーキ好きなの?」  私は疑問に思った。基本的に嫌いな食べ物が無い升九だが、その代わり升九は好きな食べ物もあまり無いらしく、こうやって喜んで食事をする事もほぼないのだ。 「えぇ、昔よくショートケーキを食べていて、思い出もあるんですよ」  へぇ、その思い出とやらに興味は無いが、升九にも好きな物があったんだな。  そう思いながらフォークでショートケーキのイチゴを突き刺そうとした私は――  ピーンポーン  突然なったチャイムに驚いてイチゴを吹っ飛ばした。 「あ゛ー!」 「はい、何でしょうか」  絶望している私を置いて、升九は丁寧にチャイムへの対応をする。  チャイムからは、無駄に格好いい中年男性の声が聞こえて来た。 「突然すいません、真凛の父、栗花落幸雄(ゆきお)です」  イチゴの事で絶望していた私の脳はそちらに釘付けになり、全力で振り拭き、言葉を発した。  そして升九は滅多に見せない驚きの表情を見せ、言葉を発した。 「パパ!?」 「栗花落さん!?」  そして私の父は言う。 「よう、久しぶりだな、真凛」  升九が帰ってきた当日くらい、ゆっくりさせてくれないのだろうか、私の周りの人物は。 「升九とパパって知り合いなの?」  いつも通りの食事だったはずのリビングは私と恋人と父が一緒に食事するという地獄と化し、私は顔を引きつらせながら言った。 「えぇ、昨日の出張で一緒に仕事をしていましてね。飲み会で知り合ったんですよ」  まさか昨日出くわしていたとは、まぁ父は祭りなどの開催に関わることが多いので、アイドルプロデューサーと会っていても仕方が無いか。 「で、真凛とお前さんが付き合ってるってのは本当なんだな?」  父がいつもとは違うしっかりとした口調で話し出す。  父は普段凄く楽観的でお調子者なのに、なにか自分がおかしいと思ったものに対しては何故か別人のように真面目になる。 「はい、今年の9月から、真凛さんとお付き合いをさせていただいております」 「へぇ...いや、俺の娘が男性と付き合うのは喜ばしいことなんだが...お前さん、恐らく20代半ばだろ? 家の真凛は今年で16歳、少々歳が離れちゃいねぇか?」  いや十歳差くらいいるだろう...とか思ったが、同級生でバリバリ社会人と付き合ってる人を想像してみると確かに少し引くな... 「パパが口出しすることじゃないでしょ?私が決めた事なんだし勝手に――」  させてよ、私だってもう高校生なんだ。そう言うつもりだったのに。 「駄目だ」  パパははっきりそう言い放った。それから大きなため息をついて再び口を開く。 「あんな、いくら年齢が高くなろうと成人しない限りはまだ親を助け親に助けられ生きるんだ、運命を変えるような決断はそんなササッとされられない」  しかもな、と畳みかけるように私に言葉を浴びせる 「そもそも真凛はこの男のことをちゃんと好きなのか?一生この男と暮らすことの覚悟は決まってるのか?」  その言葉は、私にしっかりと刺さった。でも言いくるめられる訳にはいかなかった。私はその言葉を無理矢理絞り出す。 「私だって! 升九のこと...っ......」  言えなかった。たった二文字、それだけなのに。 「そういうことだ、真凛。今無理矢理引き剥がすことはしないが、考えとくよにな」  何も言えない私、それを見つめる升九、モードさんと未空ちゃんは何も言うべきで無いと判断したのか、誰もが口を噤む空間で、パパは去って行った。  時間だけが過ぎた。1時間くらいそのままな気もしたが、実際は数分程度なのかもしれない。 「ごめん、外の空気吸ってくる」  とってつけたような理由だとは自分もわかっている。そんな理由だとは升九も思って無いだろう。理由なんてなんでもいいのだ、この場所から離れられれば。 「…! 真凛さ…いえ…なんでも無いです」  私に声を書けようとしたモードさんも、途中で言葉を止めてくれた。そう距離はないのに、玄関へ、そして外へ駆け出す。  唯々、街を歩いているだけだった。かっこいい主人公とかなら、自分自身に失望して歩く街にいろいろな物を感じるのだろう。  私には、何も感じることはできなかった。いつもと変わらない街だ。  こんなつまらない人間だから、自分を好きになってくれて、告白してくれて、私が素っ気なくキツく当たっても、私を愛してくれた、素晴らしい人間、升九を悲しませてしまうのだろう。  そもそも、こんな私に何の魅力があって升九は私を好きになったのだろう。  私はある程度記憶力がある方だ、小学校低学年の時の夢は「旦那様を支えられる素敵なお嫁さん」だったかな。このまま升九といられれば、幼い私の大事な夢を叶えられたのかもしれない。  秋も終わりに近づいて来たことで、6時現在、昼食で食べ損ねたショートケーキが打っている店を見る真凛の側で、辺りは暗くなり始めていた。  あの人は、覚えているのでしょうか。  どこか抜けていて失敗する事があっても、常に元気に振る舞い、私めの恋人になってくださった素晴らしい人間、真凛さんなら、覚えているかもしれませんね。  でも、私めが真凛さんに告白した日、あの反応からするときっと「私め」のことは知らないでしょう。  初めて私と…いや、「僕」と会った時のことは、覚えていて欲しい。  ――僕が大学生の頃だった。大学生というものは今までの高校生活と違い、とても自由である。空き時間で下宿先のこの街を一人で歩くことは、僕の趣味であった。  と言ってもただ単に街を歩くだけなら、どんな人であろうと数日で飽きるのでは無いか。何か目的や喜びがあってこその継続だと僕は思う。  僕にとってそれは、好物が打っているケーキ店だった。ほぼ毎日ケーキ店に行く男性は店側にとっては実に不可解だっただろうが.  ケーキ屋も僕を常連として扱い、タメ口で話す事が多くなった。  もう少しで夏休みである。夏休みが始まった後は実家に帰ることに決めた為、今後このケーキ屋に寄ることもない、今日は何を買おうか。  やっとケーキ屋が見えてきた所で、違和感があり、脚を止めて見る。  店の外から、ガラス越しにケーキのサンプルを見ている少女が居た。小学校2学年、それか3学年だろうか?どちらにせよ幼い、オレンジ色の髪を後ろで一つに結んだ子がいた。  何をしているのだろう。僕は駆け寄って話を聞くことにした。 「何をしてるんだい?」  その少女は驚いて肩を震わせた後、こちらを見てニッコリ笑った。 「ケーキ見てるの! まだ、アイスケーキ? しか食べたことないから…」  笑ったと思ったら今度はしゅんとしだした。感情の変化が激しいのか…  それは置いておいて、ケーキを食べたことが無いとは、なんとも悲しいことである。 「食べたいケーキでもあるの?」  ただの気まぐれだが、今日は少し財布に余裕がある。小さい物だったら食べさせてあげようかな。 「このショートケーキっての食べてみたい! イチゴ大好きなの!」  ほう、ショートケーキとな、ホールケーキ欲しいとか言われたらどうしようかと思った。 「じゃあ僕が買ってあげます。一緒に食べよう」  楽しみは共有することで倍増するとか聞いたことがあるからね。  少女は強くうなずき、一緒にケーキ屋の中へ入っていった。 「夢とかはあるの?」  と一緒にケーキを食べる少女に聞いてみた。幼い子に話す話題としては、とても安直なんじゃないか。 「お嫁さん!」  単語一つで少女は答える、実に単純で少女らしい解答である。 「どんな人のお嫁さんになりたいとかある? もう居たりするのかい?」  少女は後ろの質問には首を振り、笑顔で話しだす。 「優しい王子様がいい! 私をそんけーしてくれて、おっきい家に一緒に暮らすの!」  思わずくすっと笑ってしまった。それでも、素晴らしい夢だ。  僕は咳をし、喉の調子を整えてから、 「じゃあ、こんな感じですかね?」  と、軽く言ってみる。喋り方が少し違うかもしれない。  そんな僕の思いとは逆に、少女はきらきらした瞳でこちらを見ながらこう言ってきた 「おにーさん凄い! どうしたの!? 王子様みたいだった!」  どうやら好感触だったらしい。遊びも含めて、僕はこの声で話し続けてみる。 「えー…私めのお嫁さんになってくださいませんか? …こんな感じ?」 「うんうん! かっこいい!」  何かとても好みに合ったようだ。「わたくしめ」とか生涯使わないと思うが…    その後も、この話題について少女と話し続けた。  少女はとても生き生きしていて、かわいらしかった。  ケーキを食べ終わり、少女と別れる。短い間ではあったが、濃い時間だった。 「「ごちそうさまでした」」  手を合わせ、各々の荷物を持ち対面する。反対方向に体を向けた少女は数秒して何かを思い出したようにこちらに振り向き、こう言った。 「言ってなかった! 私の名前は真凛って言うの! じゃあね!」  その後、少女は再び反対方向を向き走り出す。  …僕の名前は知らなくていいのだろうか。そう思っても今更仕方ないから、僕も振り向いて歩きだす。  最後の最後だが、とてもいい経験をした。別れた後でも僕の心には真凛ちゃんが残り続けている、一目惚れ…そんな物をしてしまったのだろうか?  わからないが、「もう一度会いたい」そう言う感情は確かにあった。  またいつか戻ってこれたなら、今度は僕の方から「僕の名前は衣払升九です」と名乗ってあげたい。  いや、あの子の好みに合わせると「私めは衣払升九と言う者です」と言ったところか。   変な事を思いながら、僕は家に帰った。  こんな感じだったでしょうか。昔の事を思い出すと少し恥ずかしいですね。  しかし、思い出に浸っている場合ではありませんね、真凛さんが悩んでいるのに、私めは何をやっているのでしょう。  真凛さんは基本的に躓いてもどうにかして立ち直ることはわかっているのですが…今回は流石に無理かもしれませんね。  私めが…なんとかしなければいけませんね。実際真凛さんが本当でも嘘でも「好き」と言えなかったことに対してフォローができなかった私めのせいで今の状況があってしまうのです。  探しましょうか、一人で、大好きな真凛さんを救えるのならば。  でも、私の事が好きで無い真凛さんを、私は無理矢理恋人とするべきなのでしょうか? それは、真凛さんにとって幸福なのでしょうか?
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