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私の気持ちは?
「はぁ…はぁ…私も…歳なんですかねぇ…」
学生時代より運動をしなかったせいか、アイドルプロデューサーという仕事に就いたせいか、私の体力は結構減っているようですね。
流石に疲れてきて、側にあるベンチで少しの間休憩をとる。
「真凛さんは学生ですし…そこそこ運動能力もありますからねぇ…もしあれからずっと走っていたなら、追いつけないかもしれません…」
真凛さんが出て行ってから約15分、全力で走っていなくても2、3キロくらい行けてもおかしくない。
道も暗くなっています。真凛さんの気持ちもしっかり聞かなければいけませんし、何より…
「こんな暗い中を真凛さん一人に歩かせるなんて、幸雄さんに顔を向けられませんね!」
空元気に近いが、どうにか元気が出たところで、私は再び走り始める。
「っ!」
そこからまた少し経ったところで、見覚えのある服を着た少女が座っていた。
そのころ私は、路地裏のような狭い道で、うずくまっていた。
たしかに家を出てすぐは走った。1キロくらいは走れたのかもしれない。実際の距離なんて測れないから知らないけど。
でも、途中から走る気が失せてきたのだ。
走っててもなんにもならないし、走ったところでその先決めてないしね。
「…なんなんだろうなぁ…」
もういろいろとわかんない。どうしてあの時言えなかったのか、どうして逃げ出したのか。疑問だけが頭をぐるぐるして何も考えられない。
でも何となく、升九に会ってはいけない事だけはわかる。その思いだけでこうやって隠れているのだ。
「もう真っ暗だなぁ…」
普段こんな時間に出歩くことなんてないし、とても新鮮な気分だった。
この寒さ、路地裏の暗さだけが、私の心が潰れそうなのを防いでいるのかもしれない。
普段の生活でこんなことしたらどうなるんだろう…とりあえず親とか先生になんやかんや言われるかもしれないなぁ…特に学校では夜は不審者がいるから車で移動しろーとか言われてるし…
「不審者かぁ…」
その言葉を、考えずとも発してしまった。
春にはもう升九という名の完璧な不審者に出会ったけど、悪意がある方の不審者には会ったこと無い。
「もしかしたら…?」
興味本位で路地裏から顔を出すことに決めた。
こんな時間なら黒ずくめの顔を隠した人いてもおかしくないような、会いたくは無いけど、見てはみたい。
そろそろ顔を出そうと路地裏の出口に近づく。
立ち上がったとき、出口から道路を挟んで向こう側、完全に真正面に人影が見えた。
「…」
あの体格、服装…完全に、升九である。
暗いから流石に顔は見えないけど、あれは升九である。そう断言できた。
「…………ふぅ」
なんとなく出口とは反対側に走った。
升九の方なんて見てないけど、こっちに来るまでには横断歩道を渡る必要があるし、逃げ切れる筈…!
「はぁ…はぁ…この路地裏…一本道しかないの…?」
直進して曲がって、それからは分かれ道が見えない。
そうして10軒くらいの家の裏を走り抜けたところに、でっかいゴミ箱があった。進路を塞ぐ感じで。
「行き止まり…かぁ…」
諦めるべきなんだろうけど、今は絶対に升九に会いたくない。幸い升九がくるまで時間があるし、戻るか…隠れるか…
脳をフル活動させ周囲を見渡す、隠れられそうな場所さえあれば…
「真凛さん」
「ぁ…」
升九が私の前にいる明らかにあり得ない状況、フル活動した私の脳は必死に考えた結論を出す。
「きゃ」
「お願いですから叫ばないでくださいね!? 即刻捕まりますから!」
「大体さ、なんであんな早いの、まぁまぁ広い道路だよ? ここ」
場所は少し変わって、升九を見つけた路地裏出口。
私達は家へ帰るべく、夜道を歩いていた。
先ほど升九を警察行きにさせかけた後、これからどうしようもないということに気づき不満ながらも升九と戻ってきたのであった。
「ここは田舎ですからね。この時間帯になると車はあまり通りませんよ。ルールは極力守る主義なのですが…緊急事態ですので」
なるほど、信号を無視して来たと。
「で、本題なのですが」
升九の言葉に、私は目を逸らす。
「あー…私喉渇いたから自販機よらない?」
「ダメですよ、真凛さん。言いにくいのは分かりますがここでしっかり説明してもらいますね。」
どうやら逃げられないようだ。升九も、いつもしないような少しむすっとした表情をしている。
「あ、でもほんとに喉渇いたなら何か買いますよ、何が欲しいですか?」
私が表情を見ていたのを知られたのか、すぐにケロッとしてしまった。このほうがよっぽど升九らしい。
「あ、いいよ嘘だから、ごめんね」
「ときどきならいいですが、あまり嘘をつきすぎてはいけませんね。嘘つき人間になってしまうので」
自分でもすこし変に感じるような砕けた発言に数秒後気づきどちらもが驚きの表情を浮かべるなか。
升九もすこし笑いながらそんな言葉を返すのだった。
「さぁ、話の続きですよ真凛さん。どうして逃げたんですか?」
再びこの質問をされ私は返答に困る。
逃げているときもそうだったが、逃げている理由がわからなかったのだ。
「…わかんない」
「ふむ…? わからないのですか」
私は升九が怒らないで聞き入れてくれたことに安心して、私の、ここに至るまでの気持ちを升九に説明した。
「パパからあの言葉を言われてね。凄く傷ついたの。そりゃ付き合ってる人とといきなり離れろって言われたら嫌だもん。そこまではわかるの」
逃げてきたこの道を戻りながら、記憶を遡っていく。
「そこで私は考えた、パパに反論してやりたい。私は升九と一緒に居るんだって。でもその為にはパパを納得させなきゃいけない」
「はい…そうですね」
升九も適度に相づちを打ってくれて、自然と言葉が溢れてくる。同時に言葉に熱がこもってくる。
「考えても考えてもパパに納得しちゃうんだよ。パパに反論できる言葉が、私には思いつかなかった。」
「そんなこと考えてるうちに、変なことどんどん考えちゃって、頭がぐるぐるして、最終的にはなんでか升九と一緒にいちゃいけない気がして…逃げちゃった」
「そうなんですね…真凛さんはその時パニックだったのでしょうね。私もあの時は少し困惑していました。よくあることなので、気にすることはありませんね」
升九は、変わらず優しかった。いっぱい迷惑かけて、そのうえ迷惑かけた理由もよくわかんないのに。
「なんでそんなに優しいのさっ…」
ついに我慢していた涙がでてしまった。私はやけくそになって自分の気持ちをぶちまける。
「パパだって馬鹿だよ! 今まで仕事で帰ってこなくてさ! 自分が知らなかっただけじゃん! それを今更押しかけてきて離れろとかおかしいよ!」
歩く脚は止まっており、私はうつむいてボロボロ泣いている。そんな私を升九は前から抱き、背中をさすってくれた。
私の目からはさらに大粒の涙が零れる。
「だって私大好きだもん! 会ってからいろいろあって疑うことも気持ち悪がることもあったけど変わらずに好きだし! パパがいちいち言うことなんて一つもない!」
「はい、その通りですよ」
「私はただ升九と一緒に…モードさんや未空ちゃんとも一緒に暮らしたいんだもん! 馬鹿じゃ無いならパパもわかってよ!」
きっと升九の服は私の涙でぐちゃぐちゃになっているだろう。気づけば私も升九の腰に手を回し顔を服に押しつけていた。
「ふふ、真凛さん、悔しいのはわかりますがお義父様のことをそんなに悪く言ってはいけませんね。」
「だって!」
「真凛さん、大丈夫です」
私の言葉を遮り、升九が言い放った。同時に升九は私を離し、私の目の前に顔を持ってきた。涙で滲む視界でも升九としっかり目が合い、頭がこんがらがる。
「真凛さんは、言えてるじゃないですか。お義父様の前で言えなかったことを」
一瞬なんのことか分からなかったが、ちょっと考えたらすぐにわかった。そもそもこの言葉が原因で逃げ出したのだった。家で、パパの前で言えなかった『好き』の言葉。
顔が熱い。
「お義父様の前で言えなかったのは、恥ずかしかったのかもしれませんね。真凛さんも思春期じゃないですか。当然のことです」
「で…でも…」
「言えたならいいのです。お義父様の前で言えるようになるのは、また今度でいいのですから、お義父様もすぐには離さないって言ってくれましたし、練習しましょうね」
なんか…いいくるめられてしまった気がする。
私はなんの言葉も返せず、「さぁ、行きますよ」といって歩き始める升九に無言でついて行った。
「ただいま戻りましたですねー!」
「…ただいま…」
元気にドアを開け家に入る升九の後ろで、私は静かに入ろうとした。
よくよく考えなくても今回の件、全部私が悪いわけで、正直申し訳なさしかない。
「! 戻られたんですね真凛さん! お帰りなさい!」
「おかえりなさい…!」
聞こえてくるのはモードさんと未空ちゃんの声、この声をきくと家にいるって感じがして、気持ちが良い。
「あの…ごめんなさい。いろいろ迷惑かけて、心配してもらっただろうし…」
優しい二人だとしても、少しくらいなにか言われるだろう。しかしそんな覚悟は必要なかった。
「私はこの家のメイドですから。主人の恋人が何をしても、何が起こっても、それは仕事です。何も気にしませんよ」
続けて未空ちゃんも優しい言葉をかけてくれた。
「私はメイドじゃないけど…メイドの妹で同居者ってことで実質メイドみたいなものだから前に同じ…」
「未空…なんですかそれ…」
モードさんは未空ちゃんの謎理論に呆れながらも笑っていた。
「さぁ!ショートケーキ残ってますからね! 続きを食べましょうね!」
升九の元気な声で、皆いつもの雰囲気に戻っていた。
「あ、そういえば今何時なの? 私時計持ってないからわかんないんだけど」
出て行ってから何時間たったかまったくわからない。普通に気になった。
「そうですね…11時くらいでしょうか。私達結構長く外いたんですね」
「へぇ…ありがと」
改めて部屋に戻ろうとするとモードさんと未空ちゃんが脚を止めていた。なにやら話し合ってるようだ…
「あの…モードさん…?未空ちゃん…?」
「私達…ケーキは食べません」
あれ? あれだけ意気揚々とリビングに戻ろうとしていたのに、どうしたと言うのだろう。
「もう…ねるね…」
そう言って二人は部屋へと戻っていった。なかなか絶望に満ちた顔をしていたけど…
私の視界に入ったのはリビングの掛け時計、時間は11時20分をさしている。 なるほど
あの二人、片方はアイドルだから仕方ないのかもしれないが、こういう夜の食事は控えているのか、なんともえらい…
いや私も女じゃないか、気をつけねば…
「じゃあ…私も寝ようかな…」
「えっ」
「ごめんね升九。明日の朝食べるよ」
「そうですか…私めは一人で食べておきますね…」
ピリリリリ…
電気を消した部屋に、スマホの光だけが光る。
「もしもし?」
『おう真凛、どうした? 帰るなら今からでも迎えにいくぞ』
「帰る訳ないじゃん」
『ん?』
「だって私、好きだもん。升九」
『あー…わかった。引き留めねぇよ。』
「え?早いね、パパ」
『いや…あのあと母さんにめちゃくちゃに叱られてな…今鍵なしで玄関外に追い出されてるよ』
「……」
『ごめん…申し訳ないとは思ってるよ。父さんもちょっと感情的だったし。本当にごめん…』
「…馬鹿。 とりあえず私は升九のこと大好きだから、この家で過ごす。もう一ヶ月は絶対に家帰らないもん」
『えっちょそれh』
ブチッ
深くため息をついて、ベッドに寝転がる。
なんとなく、良い夢が見られそうな気がする
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