一緒に居た日々

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一緒に居た日々

   有馬房之介が御勘定下役で三十五石取りの有馬家から、同じ家中で代々供頭を務める三百石の佐々木家へ養子入りしたのは、房之介が十五の春だった。  事の始まりは、有馬が佐々木の一人娘由乃(よしの)拐かし(かどわかし)から守ったからである。  父の使いでご城下近くへ赴いた際、有馬は悪漢に追われる由乃に出くわし、その者達を一掃した。そこで有馬を見初めた由乃の父佐々木主膳(ささきしゅぜん)が、自ら有馬家へ赴き、養子縁組を申し出たのだ。  無論有馬の父幸之介(こうのすけ)は、この破格の縁組を名誉として、一も二も無く承諾した。  有馬の家は貧乏子沢山だったので、口減らしの意味もあったのかもしれない。  縁組がある程度調うと、佐々木が提示した、『房之介の有馬家の人間及び、百石以下の軽輩との付き合いを今後一切認めない』という条件までも飲み、それ以降房之介はこれまでの親子の縁も朋輩との縁も全て絶っていた。 ***  どうにか坂を下りきった伊織は、やっと有馬の隣を歩けることに安堵していた。 久ぶりに有馬と共に歩いた、根雪の坂。 伊織は後ろを歩く有馬へ二度と倒れないように、注意して歩いた。 有馬はもうすぐ、嫁を娶るのだ。 その現実が、揺らめく伊織の心を律した。  娶るのは勿論佐々木の一人娘由乃で、有馬はこの家の跡目を継ぐべく、事前に養子入りしたと言っても過言ではない。 「聞いたぞ。由乃さまは、随分綺麗になったそうじゃないか。全く羨ましい限りだ」  当時有馬が佐々木へ養子に入った際、由乃は未だ十歳だった。故に二人の祝言は由乃が年頃になるまで引き延ばされていて、この春やっと執り行われるのだと聞いている。  有馬と肩を並べた伊織は、俗っぽく有馬の肩を強く押した。  有馬に許嫁の話を振ることで、自分が更に傷つくことは分かっている。  だが伊織はこの時、自分で自分を懲らしめてやりたい衝動に駆られていた。直接有馬から許嫁の話を聞く事で、自身の邪な心にとどめを刺してやりたくなったのだ。 伊織は(せん)に、妙な事を口走りそうになった自分を酷く恥じていた。 …しかし密かに身構える伊織をよそに、有馬はそれには答えず眼を逸らす。 「随分俺の婚礼話に詳しいな。…もしや、城勤めの兄御からの情報か?」  不意に兄の話を振られて驚いたが、生真面目な伊織は素直に頷いた。 「俺の兄上は、閑職だからな。みな愚痴と噂話をするのが主な仕事なのだそうだ」  伊織が兄に聞いたままそう答えると、有馬は口元に手を添えて笑いを噛み殺した。 「なるほど。兄御らしい物の言いようだ。変わらんなぁ」 「ああ、昔と何ら変わっとらん。相変わらず、よく掴めぬ兄上だ」  なんとなく、話をはぐらかされた様な気もしたが。  二人して呑気な兄の面差しを思い浮かべると、顔を見合わせてフッと笑った。  橘の家は確かに貧しかったが、そのつましい生活を物ともしない兄のお陰で、皆おおらかで仲睦まじい。  そして有馬は、そんな何処か肩の力が抜けた伊織の兄を、昔からとても慕っていた。
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