決着は10秒後に

1/5
25人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

決着は10秒後に

 スタブロに足をセットし、両手を地面につけながら全神経を集中する。かがんだ姿勢のまま視線を少し上げると、はるか遠くにゴールラインが見えた。たった100メートル先とは、とても思えないほどに果てしない。  この世界からすべての音が消えた。静けさが騒がしいくらいだ。俺は打ち鳴らされる号砲を待つ。さぁ、来るぞ。俺の負けられない戦いがはじまる。そして、アイツとの勝負はおよそ10秒後には決着する。両足に力を込め、蹴り出す準備は整った。心の中で「行くぞ」と叫んだとき、号砲が轟いた。俺の足は獣のように反応し、スタブロを蹴る。前傾姿勢をキープしたまま、身体が前方へと飛び出した。すべてはアイツに勝つために。  高校での陸上人生に悔いを残さないようにと、顧問が用意してくれた舞台。最後のインターハイ出場をかけた試合に、俺は体調を崩し参加できなかった。結果的にライバルの楠木がインターハイに出場。決勝まで勝ち上がり、見事に優勝を決めた。俺と楠木のタイムにはほぼ差がなく、勝つ日もあれば負ける日もある。そんな良きライバルだった。  顧問の計らいで開催されたこのエキジビションマッチは、そんな俺へのプレゼントでもあり、俺と楠木が決着をつける最大の見せ場でもあった。さすが陸上競技の強豪校。ギャラリーの数も多い。  スタートを切った俺は、大きく腕を振りながら、地面を蹴り上げ走る。エキジビションマッチだからか、大会で聞き慣れた緊迫した歓声とは違い、陽気な声が飛び交っているような気がした。  俺と楠木のライバル関係は、何も陸上だけに限った話じゃない。その因縁ははるか昔、幼稚園の頃からはじまった。  手先が器用だった楠木は、幼稚園でもその能力を遺憾なく発揮し、完全に周囲の気持ちを掴んだ。男子からは〈ボス〉や〈博士〉などと呼ばれ、女子の間では楠木のファンクラブができたほどだった。  俺も手先の器用さには自信があったし、当時の写真を見ると、ルックスだって悪くない。楠木がいなければ。そう、アイツさえいなければ、俺は幼稚園の中で目立つ存在になれたはず。しかし、アイツがそれを阻んだ。楠木が周囲から持てはやされるのを、幼いながらに妬んでいた。まったく持って苦い記憶だ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!