決着は10秒後に

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 打倒楠木を誓った最後のレース。これまでにないほど腕も振れているしスピードにも乗っている。ふと、隣のレーンに視線を移す。アイツの姿はまだない。なぜなら、楠木の強みは後半の加速だからだ。今のうちにできるだけ差を広げておかないと。再び視線を前方へと戻し、さらに力強く地面を蹴り上げた。  ふいに小学生の頃の記憶が蘇る。楠木の家にバレンタインチョコを持って行きたいから、住所を教えてくれとお願いされたり、代わりにラブレターを渡してくれと頼まれたりもした。もう一度言うが、俺のルックスは決して悪くない。むしろいいほうだ。自画自賛してるわけじゃなく、周囲からの評判も上々だったんだ。ただ、ライバルでもあり親友の楠木とつるんでいると、女子の中から──俺という存在──を選ぶ理由が消え失せた。楠木と俺を比較すれば、どうしても楠木に軍配が上がってしまうからだ。  女子から渡してくれと頼まれた楠木宛のチョコレートを、いくつ川に投げ捨てただろう。ラブレターを何枚ビリビリに引き裂いただろう。苦い過去を思い出していると、背中から神様が後押ししてくれているような感覚で、身体がさらに加速した。  楠木はまだ追い上げてこない。しかし油断は禁物だ。信じられないほどの加速で追い上げる楠木の勇姿を、過去に何度も目にしてきた。一流のアスリートは、「こんなに離されちゃ、もう勝ち目はないんじゃね?」と周囲に思わせておいて、奇跡のような勝利を収める。アイツもそんなタイプだ。そんな楠木から逃げるようにして俺は走った。  走りに集中すればいいものを、なぜか大学受験のことが頭をよぎった。楠木と俺は部活に全力を注いでいたし、勉強できる時間だって同じくらい限られていた。それなのに、アイツは一流の国立大学に合格。俺は──まぁ、そこそこの大学に、なんとか合格できた。なぜこれほどまでに差がついてしまうんだ。  そして、卒業を間近に控えたある日、決定的な出来事が起こった。
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