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女王はここからの眺めをたいそう気に入っていた。
目に眩しい緑と優しい風に包まれたこの庭を愛していた。
クナ国との戦は苦戦を余儀無くされており、ここへ攻め込まれるのも最早時間の問題だった。やがて緑は焼かれ、建物は崩壊し、人々の真っ赤な血が大地を染めるだろうー
女王は戦を辞めたかったが、辞め方を解らないでいた。
白旗を上げるには自分の命を奪われるしか道は無いと信じていたからだ。
「女王様早く中へお入り下さい」
官のクコチが女王に声をかける。
女王は軽く舌を打った。女王は気付いていた。このクコチという男がクナ国の密使である事を。素性の知れない男でありながら戦の戦術を心得ており、皆に信頼を置かれているが、この男が現れてから、こちらの戦術が裏目裏目へと出る形になった。
女王はいち早くその事に気付いていたが、それでも構わないでいた。自分の命を奪われるのであれば本望であったからだ。だがクコチは近くに居りながらも女王の命を奪わないでいた。女王は苛立ちを覚えていた。我が命を奪うのであれば、早く奪うがよい!大地が焼かれ、兵士の命が奪われる痛みに比べれば取るに足らない物だと思っていたからだ。
「クコチ、ここからの景色は素晴らしいであろう」女王は苛立ちを隠しながら言う。
「本当に素晴らしい眺めでございます。私もここを好いております」
眩しそうに緑を見つめながらそう言うと、クコチは深呼吸をした。
「…ここに攻め込まれるのも時間の問題でございます。女王様、もう戦を辞めてはいかがでしょうか」クコチは続けた。
「あはは」
女王は可笑しくなって笑い出した。
「遂に尻尾を出したな。負けを認めろと言うそなたはクナ国の密使なのであろう!初めから気付いておったわ。クナ国に帰るには女王の首が必要であろう。さあ、我が命を奪うが良い!」
女王はクコチを睨みつけた。
クコチは何も答えずただ悲しそうだった。
「クコチ、何とか申せ!」
「…確かに私はクナ国の密使でございます。けれど私はこの地に参り、女王様に仕え、私は…私はこの地も、女王様も大事に思うようになったのでございます。女王様!今ならまだ間に合います!今敗北を認めれば、救われる大地が、命がございます。今、ご決断を!」
振り絞るようなクコチの叫びであった。
それを聞いた女王は、笑止、とばかりに笑みを顔に浮かべたが、その瞳には涙が滲んでいた。
「お慕い申しております、ヒミコ様」
「…そなたは馬鹿な男であるな」
女王は優しく呟き、二人は見つめ合い微笑んだ。
敗北宣言とそして、女王とクコチの死亡説がクナ国に届いた時分、官のサイシとウエツが二人の為に小さな舟を用意した。
「サイシ、ウエツすまない。死んだと偽って逃げ延びる様な卑怯なまねに巻き込んでしまい、女王として恥だと思うが…」
「女王様の命を奪われるよりも、何処かで生きていてくれるだけで嬉しゅうございます」サイシもウエツも涙を堪えた。
「恩にきます」
クコチは頭を下げた。
「さ、早く行かれよ」
サイシとウエツが海に舟を押し出す。
女王とクコチは身分を隠して、遠い地へ旅立った。二人のまほろばを目指してー
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