ホーカー氏の失踪

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ホーカー氏の日記より 3月14日  リンダとブラッドベック邸を見に行く。イースト・ホークウッドは文字通り山間の森の中にある。ロンドンのどんよりとした(すす)けた空気とは比較にならない、澄んだ空が広がる。ここは森で狩をするための領主の別邸だったらしい。鷹の森(ホークウッド)という名前から、鷹狩もしていただろう。  私の名前『ホーカー』とは鷹匠という意味である。私の先祖は、かつて鷹匠として貴族に(つか)えていたのだろうが、私がついにその貴族の邸宅を手に入れるのだ。領主だった貴族は没落して(やしき)を売りに出したのだろう。今では我々実業家が、旧貴族の地位に取って代わったのだ。  鉄の門が開き、ジョージアン様式のシンメトリックな邸宅が見えた。前庭は雑草で覆われているが、手を入れれば美しいバラ園になるだろう。リンダは一目で気に入ったようだ。  玄関で管理人に迎えられる。清潔で人当たりの良い、信頼できそうな印象だ。  ホールを抜けると中庭に面したリビング、その隣にダイニング、奥に広いキッチン。リンダはパントリーを熱心に確認している。1階に2つ、2階に4つのベッドルーム。ロンドンの家に収まりきらないリンダの服や靴が、全て片付きそうだ。バルコニーからは広大な森が一望できる。遠くに飛んでいる鳥は鷹だろうか?  ネコ脚のバスタブは、リンダの琴線に触れたらしい。彼女は私に美しい笑顔でうなずいた。1階に降り、妻がダイニングとキッチンを念入りに確認している間、管理人は私を地下室に案内した。
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