1 大学の学生寮

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大学食堂の勝手口にある廃棄処分置き場にあったクーラーボックスは『第七研究室』と記名してあった。 「ああ。それ。ここの第七研究室の人が実験に使ったものを捨てるんだよ。回収業者さんは中身だけ持っていくんだ」 「開けてみていいですか……あ?これは」 沙也加は目を光らせながら密かにこの廃棄物を抱えて寮に戻ってきた。 「おばあちゃん!見て」 「お前……それは」 「ブラックバスだよ!新鮮な」 「……高級食材じゃないか?」 驚くアキ子に沙也加は発泡スチロールからさらに魚を取り出した。 「見て?ちょっとグロいけど、どれも氷が入って新鮮だよ」 「どれ……熱帯魚見たいのもあるね?でもこの小魚は天ぷらにしたら旨そうだ」 クーラーボックスの中には魚の捕獲場所や種類や毒性がないなどきちんと紙が入ってあった。恐らくこの魚を調べて写真を撮りそのまま廃棄したものと沙也加は推理した。 「ご丁寧に氷も入っているし。きっと食べても平気だよ」 「よっしゃ。婆ちゃんが出刃包丁で下ろすから」 「ねえ。この骨を煮込んで味噌汁も作ろうよ」 この日から学生寮のテーブルには魚料理が並ぶようになったのだった。 ◇◇◇ 「進藤さん、昨日の池の収穫だよ」 「うわ?先生。またですか」 第七研究室では助教授の清武浩司が持ってきたクーラーボックスに、研究員の湯沢真守と進藤まゆみはため息をついた。 そんな部下に彼はにっこり微笑んでボックスを開けた。 「ジャーン!」 「ザリガニ……」 「アメリカザリガニですね」 「うん!大きいでしょう!?」 ドヤ顔の清武であったが二人は早速これを調べ始めた。 清武が研究しているのは日本における外来生物についてであった。身近な自然に住む外国からやってきた小動物の生育エリアの調査が彼の仕事でありこの日は朝早く調査した池の仕掛けを大学に持ってきたのだった。 「湯沢君はそれを調べて。私はこっちのザリガニを調べるから」 「はい。あ。痛」 「大丈夫?湯沢君」 「アハハそれ、元気でしょう?でもさ、やっぱり日本ザリガニがいないんだよね」 清武はそういってパソコンに向かった。彼の調査していたのは彼の自宅のそばの大島公園の池であった。 「……やはりな。これだけ捕獲しても全然いないもんな。やっぱりあそこにはもういないのかもな」 「同じ池にいたら日本ザリガニは負けちゃいますもんね」 ああと清武はうなづいた。 「でもさ。何度も言うけど外来種だって人間が持ち込んだんだからさ。アメリカザリガニ君が悪いわけじゃないだよな……あ。電話か?もしもし」 外来生物を専門研究している彼に、またしても地方の市役所から外来種の駆除について相談の電話が来ていた。 彼がこれに対応している間、湯沢と進藤はザリガニの結果をまとめて写真を撮った。 「湯沢君。それ、先生が気がつく前に早く処分して」 「はい」 進藤は清武が電話に夢中の隙に湯沢にクーラーボックスを持たせ廃棄に向かわせた。清武はいつもこれらの小動物を可哀想だと言い、飼うとか人に譲渡したいと言い出すため、部下達はいつもこうやって隠滅するのであった。 白衣姿の湯沢はいつものように廃棄処理の屋外へクーラーボックスを持ってきた。夏の日差しに緑が映える庭にはそこには見慣れないジャージ姿の女性が立っていた。
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