1 大学の学生寮

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1 大学の学生寮

「また今月も赤字だ」 「でも、お婆ちゃん。お米も少ないよ……」 学生寮の寮母をしているアキ子に孫娘の沙也加は濡れた手をエプロンで拭きながら祖母が付けていた出納帳を見た。 「……お金が無いんだね」 「ああ。学生さん達の寮費が滞っていてさ」 不景気のため学生寮の食事代に困窮している祖母と孫娘の沙也加であったがここで彼女はいつもの手を使おうとエプロンを外した。 「行ってくれるのかい」 「うん。大丈夫だよ……上手く頼んでみるから」 行ってくるね!と沙也加は爽やかに同じ敷地の大学へ向かっていった。 石川沙也加は大学を卒業したばかりの社会人。しかし入社した途端会社が倒産し、目下就活をやり直し中だった。 そんな沙也加は両親の海外赴任を理由に、寮母をしている祖母と一緒に山里大学の学生寮に住んでいた。 彼女は慣れた様子で大学の食堂の勝手口から入って行った。 「すいませーん。あの学生寮ですけど」 「どうしたの?ああ、またかい」 「そーなんです。すいません、このキャベツもらっていいですか?」 食費に困るとやってくる彼女の事情をよく知る食堂の関係者は何でも持って行けと言ってくれた。 彼女が目をつけたのは使用されなかった食材である。使わなかったキャベツの外側と、捨てられた長ネギの緑の部分を沙也加は嬉しそうに拾っていた。そこに食堂のパートのおばさんが中から他の食材も持ってきた。 「これさ。肉だけど色が変わってもうここでは使えないから持っていって」 「ありがとうございます!」 「これも。冷凍のシャケの切り身だけど、賞味期限が過ぎてるし」 「平気です!おお?こんなに」 他にも食堂では使えない食材をゲットした彼女は大きな段ボールを抱えてほくほく顔で寮に戻ってっきた。 「お婆ちゃん!見て今夜はシャケのちゃんちゃん焼きだよ」 「なんだって?シャケ?ご馳走じゃないか?」 久しぶりの大物にアキ子はびっくりしていたが、学生のために今夜も腕を振るうのだった。 「うま?アキ子さん、最高っす」 「そうだろ。たんと食べな」 「このキャベツ……味が濃いですね」 「ああ。それは陽が当たって一番栄養があるところさ」 嬉しそうに食卓を囲む腹を空かせた貧乏学生達に、アキ子は今夜も古米をどんどん山盛りにするのだった。 こんな学生寮であったが、すぐにピンチが訪れた。 「沙也加。1年の山本君の家が自己破産したんだって」 「前からやばいって言っていたもんね……」 彼はここから出て就職すると言っているが、二人はまず、彼から寮費がもらえない覚悟を決めた。 「これはやりくりで何とかするしか無いよ」 「そうだね。山本君だってお金がないし」 そう言って沙也加はいつものように大学の食堂に顔を出した。しかしこの日は戦利品が無かった。 「うう。収穫なしか……あれ。これなんですか」 「そのクーラーボックスかい?」
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