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俺はあの頃、木陰に紛れて小学校のグラウンドを駆け回る友達を眺めていた。
それは真夏の陽射しを避けていたわけではなくて、友達の視線を避けるためだった。みんなはお揃いの青いユニフォームを着て、同じ夢を抱きながらサッカーボールを蹴っている。
当時の俺だって同じ夢を持って、サッカーボールだって足元にある。少年団の申し込み用紙だって手に持っていた。だけど俺の家は8人も兄弟がいて、小学2年生ながらに、疲れ果てて眠る両親を起こしてまで、やりたいなんて言えなかった。
せっかく用紙を渡してくれた井原コーチにも言えなかった。だから見ていることしか出来なくて、気づいてくれた井原コーチに声を掛けられて逃げ出した。
タヌキの置物みたいなおっきなお腹を揺らした井原コーチに腕を掴まれて、手放した申し込み用紙がヒラヒラと道路に落ちた。車が走り去ると熱風と共に、用紙が井原コーチの足下に運ばれ、拾いあげられた。
井原コーチは記入されたミミズみたいに頼りない文字を見ると肩を優しく掴んだ。ずっしりと重くて、よろめきそうな俺の体を腕一本で支えてくれた。
俺が何も言わなくても、事情を察した井原コーチは家に来てくれて、両親にお金はいらないって伝えてくれた。
そんな井原コーチから学んだことは、サッカーの技術以上に、仲間を思いやる気持ちだった。それから14年経った今でも、その精神は俺の中で生きている。ただ、それが大きな足枷にもなっていた。
現在の俺は、Jリーガーになって1年目、チームのためにアピールを自重する俺を、龍二さんが胸ぐらを掴んで否定してくれた。俺の利己的なプレーに正当な理由を与えてくれたのだ。俺にとって龍二さんは、やっぱり憧れの人であり、負けられない相手として立ちはだかってくれた恩人でもあった。
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