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「私、今年こそは殺るよ」
「待って愛子、終わらせる方の『やる』に聞こえた気がするんだけど」
「ん? 気のせいじゃない?」
「いや、明らかに殺意がこもってたよ」
「……まぁ、いざとなったら闇に葬ることも厭わないよ。たとえ、相手が美春であってもね」
「うわダメだコイツ、目がマジだ」
突っ込みはするものの、愛子がこれほどまでに殺気を放出するのには訳があることを、美春は知っていた。
文化祭でお馴染みの、演劇部の撮影会だ。
上演中は撮影が禁じられる分、自由に撮影できる時間が設けられている。
あくまでもオマケなのだが、生徒達の間では目玉イベントの一つと化している。後日、プロのカメラマンによるブロマイドが購買部で販売されるものの、直接出演者を拝める撮影会の需要は依然として高い。
それはひとえに、演劇部が宝塚的な人気を誇っているからである。
女子校ならではなのか、この学校の演劇部には「娘役」と「男役」という概念がある。特に「男役」の人気が高く、女子校あるあるの恋愛禁止令のせいで欲求不満な生徒の多くがたちまちその虜となっていく。愛子も例に漏れずその一人だった。
「愛子、今年も参加するつもりなの?」
「当然!! むしろ参加する意思が欠片もない美春がどうかしてるよ!! 生の王子を拝められる最後のチャンスだってのに!!」
「いや、王子ったって女だし、そもそもあの人1組の小林さ」
「私を現実に引き戻そうったってそうはいかないから!!」
「現実逃避してる自覚はあるのね」
ただでさえ多くの信者を出す演劇部の「男役」だが、その中でナンバーワンに君臨するのが「王子」であり、愛子の目的はまさに「王子の御姿」をスマホに収めることだった。
愛子だけではない。生徒の八割は同じ目的を掲げている。
あまりその手のことに興味のない美春から見ても、王子の存在は頭一つ抜けていた。下手をすると、現実の男よりも男らしい。かといって、男臭いわけではなく、見事に女子の妄想を具現化している。面食いで夢見がちな愛子が夢中になってしまうのも、無理のない話ではあった。
しかも、愛子が言うように「生の王子」を見られるのはこれで最後だ。
というのも、演劇部は大会に向けての練習と外部での公演が中心であり、校内での公演は年に一回、文化祭の時のみである。つまり、「王子」をスマホに収められる機会は、文化祭の撮影会のみ。
その上、愛子も美春も、そして王子も、来年の春には卒業する。
愛子にとっては、絶対に負けられない戦いなのだ。
「でもさ、一昨年も去年も失敗してるじゃん。あんだけ準備したにも関わらず」
「ふっふっふ……分かってないな、美春は。人は失敗を糧にして成長していくものなのだよ」
「というと?」
「この日のためにどれだけ鍛えたと思ってる!!」
「……あぁ、そういや最近ジムに通ってたね」
とんだ馬鹿がいたもんだ、と思ったのはここだけの話。
「しかもしかも!! スマホだって超高画質のに買い替えたもんね!!」
「それだけのために?」
「推しを写真に収めるためなら安いもんでしょ!!」
「それより……」
「ん?」
「……や、何でもない」
「えー、なになに? 気になるんだけどー」
しばらく断食ならぬ断風呂して悪臭放てばもみくちゃにされないんじゃない?
そんな冗談を口にしようかと思ったが、止めておいた。同級生を撮影するためだけにジムに通ったりスマホを買い替えたりするような奴だ。口にしたら本当にやりかねない。
「まぁ、実を言うと、ゴミを被るなり風呂を断つなりして悪臭振りまくって作戦も思いついたんだけど……王子にまで臭いが届いたら近寄らせてもらえないかもって思ったから、泣く泣く却下したんだよね」
「…………そ」
口にするまでもなく馬鹿だった。却下したのでギリギリセーフだが。
もしかして、冗談とはいえ同じことを思いついた自分も、愛子の影響で馬鹿になっているのだろうか。
そんな不安が頭をよぎったが、美春は無視することにした。
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