またいつか

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

またいつか

 僕は呆然と屍の上に立ち、涙を流していた。クライアントを守れなかったボディガードに、行くところはなかった。新たな雇い主を探す気力は、もうとっくに使い果たしていた。  雨が降る。ぬいぐるみが濡れていく。復讐は終わってしまった。もう彼女のためには何もできない。  朝目が覚めると泣いていた。リリと再会して一週間、あの喪失感はまだ僕の内にあった。内部から身体に空けられた空洞。震える手で顔を洗い、リビングに向かう。 「おはよう」  力が抜ける。ほっとする。唐突に景色に色がつく。リリが生きていることを、僕は心からありがたく思う。記憶を取り戻してから、神に何度感謝したかわからない。 「どうしたの? 泣いてるの?」  心配そうなリリに、微笑む。嬉しくて泣いているなんて、どうして言えるだろう。 「ちょっと怖い夢を見てたんだ」 「かわいそうに。ただの夢だから安心して。さあ、朝ごはんを食べてしまいましょう」  このまま、ずっとこうしていられたら、と思う。平穏な朝。こんな形でリリがおとなになった姿を見られるとは思っていなかった。 「私は、あの人と結婚する前から記憶があったの」  僕がリリに気づいた日、リリは自分の今までについて話してくれた。出してくれた紅茶は、昔の入れ方と全く変わっていなかった。 「でもはっきり思い出したのはあなたが生まれてから。変な記憶があるなってずっと思ってはいたの。でもあなたを見て思い出した。あなたが私を守ってくれていたことも、最後、ひどい別れ方をしなければいけなかったことも」  リリが目の前でサラダを口に運ぶ。上品な仕草だった。あの頃はよくレタスにかじりついて、奥様に怒られていたのに。  静謐な食卓に、電話の電子音がやけに大きく鳴った気がした。無粋なまでの音量で、僕は思わず苦笑した。リリは立ち上がり、受話器をとった。 「はい、邑楽です」  はっとしてもう一度電話をしている女性を見直す。  違う。  この女は僕の母親だ。思い出せ。視線が、言葉が、ずっと嫌だったじゃないか。  そうして僕は、起きてから今までアルルとして行動していたことに気づく。  でも目の前の彼女は、ほほえみ方までそっくりリリで、僕はまた頭がぐしゃぐしゃになる。時間が経つほど、邑楽真の記憶とアルル=ロートレックの記憶が混乱してどちらが本当かわからなくなる。いや、もしかしたら、もうとっくに塗り替えられているのかもしれない。一つ一つの自分の行動も自信がなかった。徐々に僕の中のアルルの割合が増えている気がする。僕はどうやって食事をしていた? 本当に僕は僕の意思でやっているのか? これは僕の気持ちなのか?  今までの行動も、全部アルルの意思だったらどうしよう。母親に逆らおうとしてもできなかったのは、僕の中のアルルが拒否したせいなのかもしれない。 「どうしたの? おいしくない?」  母親は下から見上げるようにして僕の顔を覗き込む。その仕草がまたリリに見えて、僕はイメージを振り落とそうと首を振る。 「大丈夫、おいしいよ」  笑顔がひきつっていたのは、きっとばれてしまっただろう。僕は卵焼きを口に運んだ。優しいだしの味がした。母親の料理を心から美味しいと思い、そう思ったことにぞっとした。それからは何も考えず、ただ食事を口の中に入れた。すべて美味しいと思ってしまうことが恐ろしかった。  朝ごはんを食べ終えると僕は逃げるように家を出た。  昨日、竜崎さんの入っている病院から連絡が来た。竜崎さんは無事で、順調に回復しているとのことだった。本人から連絡が来ないことが不安だったけど、きっと見舞いはいらないと思っているからだろう。  日差しはまだ強かったが、一時期に比べれば和らいだ気がする。家を出ようとすると頭が痛くなったけど、無視した。アルルのせいなのか、最近家から出たくない。その分家を居心地良く感じられるようになったけど、それがまた気持ち悪いのだ。  カウンターで名前を名乗り、部屋を教えてもらう。僕はエナメルの床をペタペタと鳴らしながら歩いた。病院は人がたくさんいるのに奇妙に静かだった。  五階の端の部屋が、竜崎さんの部屋だった。一応ノックする。ぶっきらぼうな声に安堵して、ドアを開けた。 「なんで来たんだよ」  竜崎さんは薄緑の院内着を着ていた。長い手足が収まりきれず、袖からにゅっと突き出している。絶妙な似合わなさに笑いそうになる。僕は口の中を噛んで笑いをこらえた。今笑ったら、今日は口をきいてもらえないかもしれない。 「心配だったんですよ。庇ってもらったわけですし」 「別にそういうわけじゃねえよ。俺がドジっただけだ」  そう言ったっきり竜崎さんは黙って窓の外を見ていた。黒い瞳がぼんやりと陽の光が映っていた。外から拍手が聞こえてきた。中庭で、何かイベントをやっているのかもしれない。 「そういえば、弟さんがいるんですか」 「ああ」  小さなかすれた声だった。皮肉っぽく口元が緩む。僕は黙って次の言葉を待った。外の歓声がうるさかった。 「ガキの頃はよく遊んだよ。年が離れてて、俺とショウジのあとばっか追っかけまわしてたな。もう死んじまったけど」  ショウジ? 聞き覚えがある。しばらく考えて、赤西のことだと思い当たった。 「竜崎さん、赤西と知り合いだったんですね」 「従兄弟だ」  窓の外を鳥が飛んでいた。横にまとめられたカーテンが、風でふわりと裾を浮かせた。 「すみませんでした」  僕は頭を下げた。そうするしかなかったとはいえ、謝るしかなかった。僕が関わらなければ、彼らは今もきっと仲良くしていたはずだった。  竜崎さんは乱暴に手を振った。 「んなの、あいつも俺撃ってっからな。オタガイサマだろ。正当防衛ってやつ。お前がやってた諸々もな」  やっぱり気づかれていたのか。僕の顔を見て、竜崎さんは笑った。 「安心しろ、サツにチクる気はねえよ。それにお前を探してたのは、サツに言えねえようなやつらばっかだったからな」  真っ白いシーツにベッドサイドに置かれた空いた花瓶の影が伸びている。もうわかっている。いくら正当防衛でも、やってしまった事実は変わらない。  黙っていると、珍しく竜崎さんの方から口を開いた。 「前から思ってたけど、お前もなんかかってんな」 「かってる、ですか」 「なんかいるだろ、内側に」  うまくいえねえな、と自分の髪をぐしゃぐしゃと乱す。 「こう長く喧嘩してっとたまにいんだよ。なんかに振り回されてるようなやつ。なんかに憑かれてるっつーか……。んで、そういうやつはだいたい早死すんだ」  驚いて聞いていた僕は、最後の言葉にぎくりとした。  それが本当なら、きっと自分が自分でどうしようもなくて、投げやりになってしまうんだろう。僕にはわかりすぎるくらい理解できた。だってこれを殺すには、自分が死ぬしかない。 「お前はそうなるなよ」  竜崎さんは僕をまっすぐ見た。口調に反して黒い目に生気がない。いつも以上に虚ろな目をしていた。  僕らはお互いがひどく疲れていることを知った。この先どうすればいいかわからないでいることも、お互いが死にそうなことを知った。  だとしても、竜崎さんの言葉は本心だと思った。  外に出ると、昼間の光がアスファルトを照りつけていた。僕は病院の下から竜崎さんの病室を探した。すごく遠く、小さく見えた。もう会うことはないかもしれない、と思った。  あの日無くした僕の鞄は、塾にあった。通りすがりの人が、中にあったテキストを見て届けてくれたらしい。  なんとか帰宅した翌日、塾のカウンターの上にある紺色のリュックサックを見てホッとして、同時にがっかりした。もういっそ、あの人達が家をめちゃくちゃにしてくれればいいのにと思っていた。僕は何かしなければいけないのに何をやればいいのかわからなくて、誰かの動きを欲していた。  でも、彼らは何もしてこなかった。僕は結局何もできずにただアルルの記憶を持て余していた。塾に行って眠るだけだった。 「邑楽」  振り向くと、塾の教師が職員室から顔を出していた。立石という男性教師で、僕のクラスの社会と英語を担当していた。白髪交じりで出っ歯が目立ち、顔色がいつも悪い。シワの寄ったシャツが、突き出た腹を包んでいる。だが授業はこの塾で一番わかりやすいと評判だった。 「お前、志望校変えるのか」  立石が差し出した紙には、僕が一学期に書いた志望校が並んでいる。九州の全寮制の高校。こんな遠くに行きたくないと、自分が思っているのがわかる。でも今簡単に変える気にもなれなかった。 「この前親御さんとの面談で、こちらの高校にするって話だったから」 「……まだ、迷ってて」 「そうか。なら決めたら教えろよ。十月までには決めたほうがいいな。対策変わってくるから」  あっさりと去っていこうとする立石に、僕は急いで声をかけた。 「先生はどっちがいいと思います、か……」  言いながら、馬鹿な質問をしたと気づいた。顔が赤くなる。こんなの、自分で決めろって笑われるに決まってる。  だが立石は笑わなかった。歩きかけた足を僕の方に向け直し、顎を触る。 「そうだな、俺は変えないほうがいいんじゃないかと思うけど」  目を見開いた。初めて言われた。あの母親と話してしまったら、「家にお母さんを残していくのは可愛そう」とか言われるのかと思っていた。それでなくても僕は、こっちにいることのメリットばかり思いつく。高校から私学で全寮制なんてお金がかかるし。 「なんで、ですか?」 「そりゃお前、こっちの高校にしてくれたほうが塾の宣伝になっていいけどな。お前の成績なら、こっちの公立でも十分トップ校狙えるし。けどここを出してきたってことは、それなりに調べてのことなんだろ?」  立石はにやりと笑う。白目の濁った目が、とても優しく見えた。 「事情は知らんが、お前が遠くに行きたい理由があるんだろう。やってみればいいさ。まあ親御さんとの話次第だけどな」  僕は呆然としながら礼を言い、早足でその場を去った。何をしたわけではないのに、鼓動が早かった。目が熱い。自分の選択を、そんな風に言ってもらえたのは初めてだった。  嬉しかった。これはまぎれもなく僕の意志で、僕の感情だった。そう思ってまた嬉しくなった。  息を吸って、吐く。曇っていた頭の中が少しずつ晴れていく。頭の中を探ってみると、アルルの記憶と自分の記憶が区別できることに気づいた。そうだ、焦っていたけれど、確かに家の外では邑楽真として活動できている。  家に帰る前、僕は公園のベンチに座り、もう一度整理してみた。僕がどうしたいか、どうするか。冷静に、感情を入れず。そうしてほっと息をついた。  大丈夫だ、僕は僕だし、アルルは僕の一部でしかない。それに、彼がどんなにリリを欲しても、もう彼女はこの世にはいないのだ。  そう思うと胃がキュッと締まるような感覚があったけど、清々しい気持ちになった。 「ただいま」  こうやって言うのはいつぶりだろう。母親がリビングから顔を覗かせた。 「おかえり」  毎回会えたことを心から喜ぶような笑顔は、リリのものだろうか。それとも母親のものなのだろうか。  どっちだって一緒か。 「お腹すいてる? おやつ食べる?」 「母さん」  母親は驚いたように言葉を失い、目を見開いた。僕は笑顔を見せず、黙ったままリビングに入って母親の向かいの席に座った。 「ちょっと話したいことがあるんだけど。いい」 「いいわよ、もちろん。でもお茶してからにしない? 美味しいクッキーがあるの。あなたの好きな紅茶も入れてあげる」 「僕、紅茶好きじゃないよ」  表情には出さないように気をつけたけど、心臓の音がすごく大きく聞こえた。言ってから気づいた。僕は逃げるばかりで好き嫌いすら母親にちゃんと主張してこなかった。 「あ、そ」  母親はあからさまに不機嫌になった。アルルの記憶が蘇りそうになり、テーブルの木目を睨んだ。リリはこんな顔じゃなかったし、こんなところにもいなかっただろう? 「僕は九州に行くよ。もう決めたんだ」 「またその話なの? やめなさいって言ったでしょ。なんでそんな遠くに行きたいのよ。また私を置いていくの?」  僕は黙ったまま目はそらさない。母親はすぐに目を惑わせ、足を横に向けた。アルルの記憶にある。リリが不機嫌なときは必ず椅子を横座りしていた。 「僕だって悪いと思うし、寂しい気持ちもあるよ。でも、家を出て違う環境に行ってみたいんだよ。あの学校はレベル高いし、いい学校だって塾の先生も言ってたし。父さんに許可だってとってるんだ」 「あなたは私の息子よ。私の言うことを聞かなきゃいけないの。自分の胸に聞いてみなさい。一緒にいることが幸せだって、すぐにわかるはずよ。彼なら必ずそう言うわ」 「彼って誰?」  母親は今度こそ黙った。一度机を立ち、二つのティーカップを持って戻ってくる。その一つを僕の前に置いたが、僕は手を付けなかった。 「飲んでみて」  母親がカップ越しに上目遣いで言う。 「あなたの好きな紅茶なはずよ。飲んで」 「だから僕紅茶嫌いだよ」 「いいから飲みなさい!」  ティーカップを無理やり口に押し付けられる。そのはずみで熱いお茶が手にかかった。ヒリヒリする。ダージリンの匂いが濃く香る。それでも僕は目をそらしたりしなかった。 「ねえ、母さんは誰のことを言ってるの?」  僕の中のアルルが、すごく悲しんでいるのがわかる。でもここで引いたらいつもと変わらない。ずっと操り人形のままだ。 「昔から思ってたんだ。母さん、僕のこと好きだよね」 「当たり前じゃない! 子どもが嫌いな親なんているものですか」 「そうじゃなくて、恋愛的な意味で」  これだけは言いたくなかったし、自意識過剰と思われて笑われるだろうと思っていた。案の定母親は、楽しそうに声を張り上げて笑った。 「そう、そんな風に思ってたの。確かに母親にとって息子は彼氏みたいなものって言うものね」 「僕はアルルじゃないよ」  順番に、反応を見ながら追い詰める。竜崎さんに教わった。相手の反応をよく見ること、変化を見逃さないこと。油断している相手ほど、あからさまに表情を出す。  車の音が聞こえる。窓の外はもうだいぶ暗くなっていた。 「何、言ってるの……?」 「母さんもリリじゃない。僕は、なんでもリリの言うことをきくアルルじゃない」 「ちがうでしょ、あなたはアルルよ、わたしはリリなの。まだ気づいてなかったの? リリお嬢様って、あなたが言ったんじゃない!」  母親の仮面はもうぼろぼろだった。母親面していただけの、思い込みの激しいヒステリックな女の人が目の前にいた。  それでも、僕はずっと見捨てることはできないのだろう。僕の中のアルルが許さない。 「違うよ。確かに生まれ変わりらしいし、記憶はあるけど。僕は真だよ。母さんがつけてくれた名前でしょ?」 「生まれ変わりなら、あなたはアルルよ。しっかりしてちょうだい。ずっと私のそばにいるって、約束してくれたでしょ?」 「ねえ、ちゃんと僕を見てよ! 母さんの理想の僕じゃなくて、今の僕を見てよ! もうアルルは死んだんだよ、リリだって死んだんだよ。もう別の人なんだ、関係ないんだよ!」  母親の口がわなわなと震えた。僕は全力疾走した後のように息切れしていた。一言一言が苦しかった。自分の中にものすごい抵抗があった。もう一度言葉を始めるために、僕は深呼吸をしなければならなかった。 「僕は母さんのものじゃないよ」  ドアが開く音が聞こえた。ドサドサと荷物を置く音がして、リビングのドアが空いた。 「ただいま」 「ああ、お父さん!」  母親が父親にしだれかかる。僕はうつむいたまま、拳を強く握りしめた。 「聞いてちょうだい、真、九州の高校に行くとか言い出したのよ? あなたも許可したんですって? なんでそんなことしたのよ。そうやってみんな私から真を取ろうとするんだわ!」  悔しいことに、母親の泣き顔は綺麗だった。今までどれだけ練習したのだろうと思うほど、涙はキラキラと反射して頬を伝った。  きっとまた、母親は父さんに味方してもらってごまかすだろう。ここまでやっと言えたのに。でももう話し始めてしまったのだ、今日できることをするしかない。  父さんは僕の目を見た。気弱そうないつもの感じとは、どこか様子が違っていた。 「真、行って来い」  僕は驚いて返事ができなかった。母親もどうだったらしく、しばらくだれも喋らなかった。父さんは母親の顔を見て言った。 「学費は大丈夫だ。行かせてやれ」 「お、お父さん、何言ってるの? そういう問題じゃーー」 「お前の真に対する態度は気になっていた。干渉しすぎだ、いい加減子離れしろ」 「なっ……」  母親は顔を真赤にして口をぱくぱくと開け閉めした。そのままリビングを飛び出し、玄関のドアが閉まる音がした。僕は、やっと口を開くことができた。 「なんで、いまさら……」 「悪かったな」  父さんが頭を下げた。この人があんな風に母親に口をきくところを初めて見た。ーーずっと、母親に逆らえない、頼りにならない人だと思っていた。 「俺も母さんに任せすぎた。ああなったのはきっとそのせいだ」  父さんは、会社の人と子どもの話をしていて、うちの不自然さを自覚したと言った。  大声で笑い出しそうになった。きっとこの人は何もわかってない。母親の、僕に対する執着を。少し周りに指摘されたから、言えただけだ。  ーーそれでも今までよりも数百倍マシだった。 「ありがとう。勉強、頑張るよ」 「ああ」  僕は微笑み、腕を冷やそうと台所に向かった。  出発の日は雲ひとつなく晴れていて、痛いほど寒い日だった。  散々泣きわめき、すがりつき、怒り狂った母親は、家のソファに縛り付けられていた。父さんが、自分の行動に自信さえ持てれば、力を出せる人だとということを僕は初めて知った。  スーツケースを転がして駅のホームに行く。かなり余裕を持って家を出たため、新幹線が来るまでまだ時間があった。  僕は不意に思いつき、電話帳のある番号を押した。いつもかかってくることばかりで、自分から電話したのは初めてだったかもしれない。 「ーーもしもし」  出た。  かすれた声に安堵する。良かった、まだ生きてた。 「僕、九州の学校に行くことにしました。寮に入るんです」 「なんだ、反対方向じゃねえか」  くっくっと低い声で笑う。楽しそうな声だった。 「俺、知り合いの頼みでこれから北海道行くんだよ。農家の手伝い」 「え、竜崎さんそんなのできるんですか?」  不健康で虚ろな目をした竜崎さんと農業なんて結びつかない。不満そうなため息が聞こえてくる。 「失礼なやつだな。実家は農家なんだよ」  完全に意外だった。僕を見て、なんて人のことは言えない。この前まで竜崎さんの名前さえ知らなかったんだから。 「なら、夏休み遊びに行かせてくださいよ。日本横断しますから」 「おう、明太子買ってこいよ」  北海道。思いもよらなかった予定が増えた。自分がわくわくしているのがわかる。きっとアルルも。  竜崎さんは、じゃあまたな、と明るく言って、一方的に電話を切った。そんなところも彼らしくて、僕は一人で笑ってしまった。 Fin.  
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!