ごめんなさい

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ごめんなさい

 二十三時。僕はベランダの柱を滑り降り、コンクリートを蹴って走り出す。すぐに汗が滲んだ。最近は夜になっても気温が下がらない。空気は湿気が強く、すぐに息苦しくなる。視線を上げると、月がぼんやりと照っていた。  人気のない道を選んでいるから、誰かとすれ違うこともない。あっという間にこうこうと安っぽいネオンと不健全な熱気が溢れる通りに着く。  いつものように、僕はVictoryと書かれたド派手な看板のもとへ向かう。自動ドアを空けると、冷たすぎる人工的な空気が身を包んだ。汗をかいた肌に鳥肌が立つ。後を追うように乱雑な機械音が襲ってくる。  僕は誰かを探しているように、パチンコをやる人の間を通る。みな画面に夢中で目が虚ろだ。目だけが光り、身体は邪魔そうに見える。店内を一周して外へ出ると、むっとした熱気が排気ガスのようだと思った。  二年経っても慣れない不快感に安堵しながら、また次の店を探す。今度の行き先はファミレスだ。ファミレスの中でも一番安い、イタリアンレストラン。また僕は、誰かを待っているかのように席に座る。やってきたウェイターにコーラを頼み、ポケットに入れたスマホを取り出す。  この巡回は、黒キャップと赤髪に誘拐された二年前から始めた。あの二人のような人間がいる場所を毎週何日か巡回する。誰かを探すためではなく、見つけられるために。前世の僕に仕返ししたい人間と出会うために。  今でも首を落とした時の感触は消えない。一回始めてしまったら、もう後には退けない。 「おいそこのお前」  ファミレスから出て、次の場所へ歩いていると声をかけられた。振り向くと腕をつかまれ、あっという間に細い路地に引っ張り込まれる。 「おい、お前金貸せよ」  ドスの効いた低い声だった。顔はよく見えない。動く度、腕につけたチェーンが音を立てる。男が僕を威嚇する隣で、なよっとしたニキビ面がにやにやと笑っている。 「こんな時間に何してんの? 俺達みたいのにつかまっちゃうよー。ま、もう遅いけど」  黙って男の顔を見つめ返すと、彼らは眉をひそめて舌打ちをした。 「さっさと出せよ、小遣いくらいもってきてんだろ」 「大人しく出せば何もしないからさあ」  またハズレだ。 「ーーっ」  詰め寄ってきた男の足を思い切り踏んだ。僕の靴にはスパイクのように針が仕込んである。バランスを崩した男の顎を下から殴った。悶絶する男の叫び声をバックに、僕はニキビ面の顔面を殴り、地面に伏せさせた。 「ねえ」  地面に転がった男たちを見下ろす。彼らは荒く息をしながら、呆然とこちらを見ている。まだ頭が追いついていないのだろう。 「僕のこと、探している人知らない? あ、僕じゃなくてもいいや、とにかく誰か人を探してる人。」  彼らは何も言わない。僕は落ちていた空き缶を蹴飛ばした。向かいのビルの壁に当たり、派手な音を立てる。 「で?」 「し、しらねえ」 「あそ」  ニキビ面の方はそれでも何も言わなかった。後ろに回した手が動いているように見えて試しに顎を蹴ってみる。案の定、こうこうと光ったスマホが転がった。拾い上げ、メッセージを確認する。 「へえ、人呼ぼうとしてたんだ。こんなガキ一人に、恥ずかしくないの?」  面倒だった。もう用事は済んだし、正直これ以上この場に留まる理由も、喧嘩を重ねる理由もなかった。でもここで中途半端に恨みを買うのも後々面倒事になりそうで嫌だった。  通りから、酔っ払いの機嫌のいい笑い声が聞こえた。僕のいる暗い路地から見ると、ひどく明るく楽しそうに見えた。 「別に僕は何もしないよ。知らないなら別にいいし。あんたたちと一緒にされるのも嫌だし」  ニキビ面のスマホをいじりながら、淡々と話す。普通に、教室でクラスメイトと話しているみたいに。開かれていたチャットは、途中まで打たれていたメッセージを消して閉じた。 「このスマホだって返すよ。だからさ、もう僕に構わないで。いい?」  我ながら百点満点の笑顔だったと思う。男たちは黙って頷いた。 「じゃあね」  スマホを一メートルくらい先にあったゴミ捨て場に投げ込む。同時に走り出した。そのまま素直に返したら、また絡まれるかもしれない。ゴミ袋ならクッションになってスマホは壊れないだろう。  通りに出て、すぐに近くのファミレスに入る。さっき入ったファミレスの別の店舗だった。あの二人組は追ってきていないようだ。店内は昼間のように明るく、疲れで鈍くなった頭に音が響く。人の足音、BGM、食器が触れ合う音。そういった全部がひとまとめになって、騒音として僕を襲う。 「まこと」  今日はそろそろ退こうかと考えていた頃、肩を叩かれた。見上げるとパサパサに髪を脱色した男が、無表情で立っていた。真っ黒なTシャツにシルバーのネックレスが揺れている。 「竜崎さん」 「相変わらず人探しか」 「はい」  竜崎さんは、僕の向かいの席にもともと座っていたかのように腰を下ろした。ひどく痩せて、骨ばかり大きくなったような身体は、ファミレスのテーブルには窮屈に見える。僕はぼんやりと姿勢を直した。  閑散とした店内は、どこか麻痺しているように思える。竜崎さんは黙ったままで、肘をついてどこか一点を見ていながら何も見ていない目をしていた。僕は帰るに帰れず、注文していたジンジャエールを口に運んだ。思わぬ出費だ。一日に二軒もファミレスに入る予定はなかった。 「それ、絡まれたのか」  節の目立つ指で指摘され、僕は自分の手首を見た。さっきつかまれたのが赤くあとになって残っている。気づいていなかった。 「はい、まあ。いつものカツアゲです」 「お前弱そうに見えるし、まともっぽいからな。適当に流しとけ」  ジンジャエールの泡が口の中で弾ける。店の扉が開いて、熱風の気配がする。入ってきたのは、子どもを連れた女だった。この時間になっても家族連れがファミレスに来るということを、僕はこの二年で初めて知った。 「さて、ひましてんだろ。ちょっと付き合えよ」  僕がジンジャエールを飲み終わったところを見計らい、竜崎さんは立ち上がった。返事も待たず、出口に歩いていく。投げやりに歩いているようで、歩幅が広いからすぐに距離が空いてしまう。 「ちょっと、待ってくださいよ」  僕は慌てて会計を済ませ、その後を追った。止まっていた汗が、たちまち吹き出してきた。  この巡回を始めた頃は、さっきみたいなカツアゲやけんかを売ってきたやつらを全員立ち上がれないようにしていた。もう二度と僕に関わってこないようにしたかった。慣れないことで怖かったのもある。  だけど、それだとすぐに体力がなくなってしまうし、自分も怪我することが多い。前世の記憶は記憶に過ぎず、全て使いこなす体力も筋力もはまだまだ足りなかった。一戦だけならともかく、連戦になると厳しい。  ある時、体力切れと怪我で動けなくなったところを助けてくれたのが竜崎さんだった。僕が倒した奴に迷惑をかけられていたらしく、「ちょっとした礼」だと言う。  竜崎さんがファミレスから向かった先は、繁華街から十分程歩いたところにある河原だった。呼び出されていたらしい。河原に着いた途端、僕らは待ち構えていた男たちに囲まれた。 「よっと」  竜崎さんが身体を動かす度、目の前にいる男の身体が飛ばされる。身体の使い方が雑というか、投げやりなのに、遠心力がすごい。長い手足を使って、遠慮なしに殴っていく。  ほんの数分で、五人いた男たちは地面に伏していた。気を失っているようで、僕が顔を叩いてもピクリともしない。一応財布から証明書関連を取り出し、写真を撮っておく。竜崎さんは何事もなかったかのようにあくびをして、こちらを振り向いた。 「帰んぞ」 「僕必要なかったじゃないですか」 「あいつらの中にお前が探してる奴がいたかもしれねえだろ。付き合わせてやったんだ」  当然といった口調に、肩をすくめる。この口実で何度喧嘩につきあわされたかわからない。そもそも一緒に行動するようになったのも、「こういう奴らの人探しなら俺と一緒にいりゃ目立つから、相手が見つけてくれんだろ」と言われたからだったのだが。  言うだけあって、竜崎さんは悪い意味で有名らしく、相当いろんな人と会うことになった。 「今日は、他の人達は? 最近一緒に動かないんですね」 「いつも一緒にいるわけじゃねえよ」  手をポケットに入れて歩き出す。その後を僕は小走りで追いかける。川から少し冷たい風が流れてきた。  教師の言葉が子守唄のように何も残らず頭を通り過ぎていく。冷房の効いた室内で、僕はまばたきを繰り返していた。黒板を滑るチョークの音が響く。  結局ほとんど寝ずに翌朝を迎え、僕は家で服だけ着替えるとそのまま塾へ行った。一昨日から夏期講習が始まっていた。目の前には、黒髪の同級生たちのシャーペンを動かす姿が広がっている。  眠気をこらえ、僕もプリントに黒板の用語を書き写す。朝鮮戦争、高度経済成長期、核拡散防止条約。  僕の前世はいつの時代なのだろう。前世だということを自覚してからずっと思い出そうとしているけれど、あまり進展がない。竜崎さんのおかげで、前世の記憶がある人間に何人か会えたけど、結局あのイメージ以上のことは思い出せなかった。  「大切な何か」に関しても、なぜだかロックが掛かったようにまったく記憶が蘇ってこない。実際に自分がその場にいたかのように、あの屍の山を前にしたイメージはありありと思い出せるのに。  「何か」は何だ。誰だ。 「今日はこれで終わりだ。小テストで赤点あった奴は再テストしていけよ」  教師の声で顔を上げると、黒板の文字はかなり増えていた。慌てて書き写し、教室を出る。早く行かないと、自習室の席が取られてしまう。席がないと雑談の多いラウンジで自習することになる。  教室から出た廊下で、僕は綾音と鉢合わせた。綾音は中三年になって、唇が少し赤く、スカートの丈が短くなった。クラスが違うから、特に話すこともないけれど、見かけると結構な割合で人に囲まれていた。それは前からだけど、囲んでいる人が変わった。人のタイプと言うか、層というか。  綾音はあ、という顔をしていて話しかけるのをためらっているのがわかる。僕は「おつかれ」と微笑むと早足でその横をすりぬけた。  あの先輩とはもう別れたのだろうか。きっと別れたのだろうな、と思う。でも今の綾音は、もう僕が好きな綾音ではなかった。二年前のあの日、綾音が先輩と付き合った瞬間から、永遠に消えてしまった。  その日家に帰ると、母親がリビングで待ち構えていた。嫌な予感がする。僕は笑顔でただいま、と言う。こういう笑顔だけ、どんどん上手くなる。 「真、これは何?」  テーブルに置いてあったのは、成績表だった。それから面談を知らせる手紙。とっくに日付は過ぎている。それから、第一志望から第三志望まですべて記入済みの志望校調査。カバンに隠しておいたのを、勝手に取り出したのだろう。胃がねじれるような感覚があった。 「どういうこと? なんで手紙を出さなかったの?」  母親の目がひどく悲しそうで、僕は予想外に心が揺れた。息子としての自分はまだ僕の中に残っているらしい。  黙っていると、母親は畳み掛けるように続けた。 「それにこの志望校、なあに? 全部九州の高校じゃない。確かに進学校だけど、このくらいのレベルなら近くにもあるでしょう。特にずば抜けた特色があるわけでもないし、なんでこんなところを書いたの。相談もせずに。どうして。何か理由があるの? 私は思いつかないわ。この家を出て、私を置いていく理由。ねえ、なんでなの」  母親の目がどんどん潤み、最後には溢れて頬を伝った。気持ち悪いほど綺麗な泣き方だった。僕は黙ってうつむいていた。唇を噛んだ。蜘蛛のようだと思った。この家は蜘蛛の巣で、僕が獲物。絡みついて、動きを止めてしまう。 「この辺の高校、どこもチャラいんだよ。場所は九州だけど、集中して勉強するのにいい学校だと思ったから。父さんには許可、もらったし」 「父さんがいくら許可したって、私は許しませんからね。一言の相談もなしで」 「言うつもりだったよ。けど心配するかと思ったからーー」 「心配も心配です。あなたをこの家から出す気はないわ。まったく、どんな虫がつくかわかったものじゃない。あなたがあなたの運命を自覚するまで、ずっとここにいてもらいます」  母親の言葉は少し変わっている。進路のことを「運命」とか大袈裟な表現を使うし、一人称は、ずっと「私」だ。他の家の母親が、「お母さんね」とか「ママは」とか言っているのを聞いて驚いたことがある。別にそんなのどっちでもいいのだが、なぜかずっと引っかかっていた。  母親は手紙を引き裂くと、僕を憐むように見つめた。 「可哀想に。まだあなたはわかっていないのよ。ここにいることが一番幸せで、一番あなたが望んでいると言うことに。誰に何を言われたのか知らないけれど、大丈夫。私が守ってあげますからね。あなたは私の大事な息子だもの」  強く手を握ると、爪が手のひらに食い込んだ。口の中を噛んでいたらしく、血の味がした。昔からよくあった。どんなに策を練って自分の意思で動こうとしても、すべて母親の言うことが正しいことにされてしまう。思い通りにされてしまう。それに抵抗しようとして、今までなす術なく敗北してきた。結局周りの人は母親の涙と子を思う美しさのようなものに負けてしまうのだ。父親も、教師も。祖父母もそうだった。  僕にしても、迷っていた。前世の記憶通りなら、まだ仕返しに来ていない人はいるはずだし、大切なもの探しもまだ終わっていない。ここを離れるのが良いことなのか、判断できずにいた。  それでも、大切な何かを探すのと同じくらい、早く遠くに行きたかった。今の話でその意思は決定的になった。母親も綾音も、目に入らないところに行きたい。この街に帰らずに済む所に。  それなのに、僕は答えていた。 「うん。わかった」  小学一年生のような、悲しいほど素直な返事。目が熱くなる。母親は、心から嬉しそうに微笑み、僕の頭を撫でた。 「いい子ね」  僕はまた俯いて、それ以上何も言わなかった。唇が震えた。何をやってるんだろう。 「じゃあこの話はこれでおしまい。今日のお夕飯は何がいい?」 「……なんでも」 「そうね、あなたは私の料理なら、嬉しそうに食べてくれるものね」  母親は何を見ているのだろう。それはきっと僕とは違う僕だ。  キッチンから、歌が聞こえてきた。昔から母親がよく歌っている、ニンジンとピーマンの歌だった。嫌われ者の二つの野菜が、仲良くなるという歌。有名な歌だと思っていたけれど、綾音に言われて皆知らない歌なのだと知った。  僕はのっそりと椅子から立ち上がり、自分の部屋に向かった。カバンを下ろし、ベッドに倒れ込む。洗濯したのか、シーツから石鹸の匂いがした。それすらも不快でシーツを引き剥がす。窓から夕日がさして、ベッドにオレンジの影を作った。  僕は父にも、教師にもずっと怒っていた。なんで母親に従ってしまうのかと。でも一番怒っているのは、自分自身に対してだった。  もし僕が竜崎さんだったら、きっと振り切って外へ出ていくだろう。あの人は縛られるのは似合わない。  カーテンを閉めようと窓の前に立つと、心臓が止まりそうになった。  綾音がいた。ひどくしょぼくれた様子で歩いていた。僕は靴を突っかけて、急いで外へ飛び出した。どこいくのかと母親の声が追ってきたが、忘れ物だと叫んでおいた。  今の綾音は好きではない。それでも、綾音は昔の僕を助けてくれたのだ。 「綾音!」  声をかけると、綾音はパッと顔をあげた。僕だと気づくと、途端に顔を歪めて涙をこぼした。  昔よく遊んだ公園のベンチに連れて行き、座らせて綾音が落ち着くのを待った。夕暮れなのに暑さは衰えず、僕は手をうちわがわりにして振った。綾音は親と喧嘩をした、と言った。塾の保護者面談で、話を聞いた親から反対されたらしい。  綾音は吹奏楽で推薦をもらうことができ、県外の高校に行くつもりだった。 「それなのにね、ちゃんと受験してY高にいけって言うの。部活なんて、先の保証もないし大して役にも立たないからって」  最後の方は、声が震えていた。唇を噛み、足を揺らす。夕暮れの影が長く伸びる。Y高はこの辺りで有名な進学校だった。 「どうしよう。私、Y高なんて行きたくないのに」  悔しそうな顔は、昔の綾音のままだった。少し嬉しくなる。まるで何もなかったかのようにこれまで通りだ。  公園には、他に誰もいなかった。カラスがどこかで鳴いていた。綾音も僕も黙っていた。なんて言うか、ずっと考えていた。なんて言えば、綾音の気持ちが少し落ち着くか考えていた。昔の僕が助けられたように、綾音にも立ち直るための何かが与えられるべきだと思った。僕は、綾音には不幸になって欲しくなかった。 「でもさ、やっぱり親の言うことは聞くべきだと思うな」  違う。  言いながら僕は唖然とした。言いたかったことと違う。なんでこんな言葉が出てくるのかわからない。でも止められない。 「だって学費出してくれるのは親だし。綾音がいくらフルート上手いって言っても、所詮中学生だし」 「やっぱり、そう、なのかな……」  違う、僕は、違う。こんなことを言いたいんじゃない。  綾音の表情がみるみる暗く沈んでいくのがわかる。口が勝手に動く。思っていることと違う言葉が出ていく。だって、僕は、こんなこと言いたいんじゃない。 「綾音のそれは、ただのわがままだよ」  違う、僕は、僕は、僕はこんなこと言わない……!  叫び声は届かず、僕は至って冷静な顔をしていて、綾音はますますしょんぼりしてしまう。すぐに訂正したいのに、簡単な言葉なのに、言葉が急にばらけてしまったように出てこない。僕はもう黙って歯を食いしばるだけだった。もう何も言いたくなかった。 「邑楽君は、やっぱりお母さんのこと大好きなんだね」  綾音は弱々しい笑みを浮かべた。微笑んでいたけど、心が閉じてしまったのがよくわかった。僕は泣きそうになりながらその顔を見つめた。どうにか表情に現れていれば、と思っていたけれど、真顔なのは自分が一番よくわかっていた。 「当然だろ。親なんだし」  言葉が止まらない。そんなこと、みじんも思っていないのに。綾音は立ち上がり、スカートをはたいた。 「もうちょっと考えてみる。話、聞いてくれてありがとう」  もう二度と綾音が僕に何か相談することはない。  その事実が痛いほどわかった。僕は笑って首を振った。もうすっかり日は落ちていて、空には星が光り始めていた。綾音を家まで送ってドアが閉まるのを見届けると、僕はその場で蹲み込んだ。なんであんなことを言ったのか、自分でもわからなかった。表情も、言葉も、何一つ思い通りにならなかった。  閉じたドアを今すぐ叩いて謝りたかった。でもまた同じようになるかもしれないと思うと、身がすくんだ。綾音が僕の言ったことなんて気にしないことを願うしかなかった。  僕は、どちらでも綾音が選んだことなら応援すると、ただそれだけを言いたかったから。
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