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「あぁぁぁーーーRくんかっこよすぎ……むり……」
ここは東京都千代田区日比谷。
真新しいミッドタウン日比谷のその近くに、赤い絨毯が敷き詰められた夢の劇場がそこにある。
武田愛里と佐野彩は、29歳と25歳。出身地も違えば勤務先も違う。共通の知り合いもいなければ、きっと街で出会っても挨拶すらせず、すれ違うだけだっただろう。
ただ一点だけ。宝塚歌劇が好き。それだけの共通点で出会い、結ばれた彼女たちは、今日も健やかに劇場へと足を運ぶ。
美しいきらめきは、幕が降りると途端に消え失せる。客電が点ると同時に、現実がそっと顔をのぞかせるのだ。ただしそのきらめきは、二千人の観客の胸の内に、強く、そして確実に、愛と希望の象徴として残り、輝く。
だから一度魅せられたらそれまでなのだ。胸の高なり無くして人生は生きられない。
そう、それは恋のように。
「彩は本当にRくん好きだね」
いつものように好きな男役タカラジェンヌRに関するトークを披露する彩を愛里は茶化してみせた。その日の観劇は、Rが出演する組の舞台だった。
「えーーーだって、かっこいいし、いい舞台見せてくれるし……」
「うん」
「みた!?あれ、あの燕尾……!世界一黒燕尾が似合うよ!ほんと!」
「確かに、燕尾はよかった」
「でしょ!もう美しくて、生きててよかったーって思うんだわー……!」
「よかったね」
「……愛里も好きなタイプだと思うんだけどなぁ……」
「うーん、かっこいいと思うけど……今はまだいいかな」
「そっかぁ、愛里、一途だもんね」
彼女たちの出会いは三年前。そのときトップスターだったSのファンクラブに、お互い入会していたことがきっかけだった。同年代だったことから、ファンクラブのイベントで顔を合わせる度、仲良くなり、もともとビアンだった彼女たちはそれぞれ思いを募らせた。Sの卒業を見送ると、意を決した愛里が告白し、今に至る、というわけだ。
「私このあと出待ちなんだけど……」彩が少しだけ様子を伺いながら聞いた。
「わかった、先帰ってるね」
そう言うと、彩の顔がパッと輝いたのがわかった気がした。
「ありがとう!なにかデザート買って帰るね」
彩の帰宅時間に合わせて、愛里は夕飯の準備を整える。
「ただいまー」彩の明るい声が響いた。
パタパタとリビングに入ってきた彼女の表情は喜びに溢れんばかりの笑顔だった。
「おかえり」
「ただいま!あぁ今日Rくんすごくかっこよかったんだよー!!」
「そっかぁ、よかった。準備するから手洗っておいで」
「うん!あっハンバーグ?!好き!!」
彼女のはくはくした陽気が部屋を満たす。
『あぁ、きっと、
彼女があの夢の劇場で目を輝かせている限り、私は永遠に片思い。
……Rくんめ、ホントは死ぬほど嫉妬しているんだ。
それでも、彼女が笑う。魅せられる。
そう、一度魅せられたらそれまでなのだ。
彼女無くして人生は生きられない。
あの、美しい宝塚と同じように……』
※2020.3.29
今、エンタメ業界も含め、みんな大変だと思いますが、
きっとこれからも私は宝塚が好きだし、
ちゃんと良くなって、また見に行ける日まで、応援してる……!
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