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彼は俺の目の前まで来ると、喜色満面の顔をぐいと近づけてきた。眼鏡に仕込まれたカメラレンズが見える。敗者の惨めな表情を撮るつもりなのだ。
うーん。ナイスですねぇと誰かの物まねをしてから彼は同じように中年男の前に移動した。その顔を大写しにしようと実を屈めた瞬間、中年男が眼鏡君の胸倉を掴んだ。
「このガキ。調子に乗ってんじゃないぞ」
「なんだよ。また逆ギレ?」
眼鏡君はその手を振りほどくと、
「あんたは負けたんだから、おとなしく死ねっての。このハゲ」
「いい気になってるのも今のうちだ」
「はぁ?負け犬の遠吠えか?」
「いいか。私があのまま勝っていたら言う必要はなかった。いや私が負けてもそっちの兄さんが勝っていたなら言うつもりもなかった」
そっちの兄さんとは俺のことだ。中年男は続ける。
「だがお前には勝たせん。ガキのくせに散々私を小バカにしやがって。お前だけは見逃してやらんからな」
「だから、何が言いたいわけ」
フンと鼻で笑った中年男は死神へと視線を振り向けた。
「死神ゴルフと言っても、基本的には普通のゴルフと変わりないんだよな?」
「そうですね。ロストボールなど例外はありますが、本来のゴルフのルールに準じております」
「それならあそこの扱いはどうなんだ?」
全員が彼の指差す方を見た。その先には園庭の砂場があった。
「扱い?ってなんだよ」と眼鏡君。
「わからないか?あれはバンカーだろ」
眼鏡君は要領を得ない顔をしているが、俺には中年男の言いたいことがわかった。彼の指摘は正しいはずだ。なぜならまだ俺が生きているからだ。前回のゴルフに習うなら、勝敗が決した瞬間にゲームは終わり現実世界に戻るはずなのだ。少なくとも眼鏡君がバーディをとった時点で俺の負けは決まったのだから俺は死んでいなくてはおかしい。金髪少年がロストボールしたときのように。しかしゴルフは終わらない。それはつまり、まだ順位は確定していないということだ。
「仰るとおり、あれはバンカーですね」
死神の答えに中年男はしてやったりの表情を浮かべた。
「だったらこのガキ、ルール違反だろう」
「なに。どういうことだよ?」
狼狽する眼鏡君に、死神は諭すように説明をする。
「バンカーの球を打つ際は、打つ前にクラブを砂に付けてはいけないというルールがあるのですよ」
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