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「クラブを砂にって……。あ……」
眼鏡君の顔色が変わった。心当たりがあるのだろう。俺もその場面は記憶にある。あのときは勝負に必死でルールのことまで気が回らなかったが、確かに彼は砂場に入った球を打つ直前、傘を砂に付けていた。
「その場合、確か2打罰じゃなかったか?」
中年男の問いかけに、その通りと死神が答えた。つまり眼鏡君の最終スコアに2打加算されることになる。ということは順位が入れ替わり、俺がトップに……。
突然目の前が真っ白になった。どうやら戦いは終わったようだ。
「ここ、痛いですか?」
医師の愚問に思い切りしかめっ面を作って見せた。彼は、ふむと言ってから俺の体をあちこちまさぐり、カルテになにやら書き込んだ。
「では、今日の回診はこれで」
病室を出て行く間際、彼が小首を傾げるのがわかった。あれで何人目の医師だろう。その誰もが困惑する結果となる。俺を診察したあとは。
全身が痛い。ガンが転移したせいだ。今じゃ手すら思うように動かない。
「今日は100歳のお誕生日ですよね」
不意に聞こえた声の方を見る。いつの間にか部屋の片隅に死神が立っていた。あのゴルフ以来だ。
「これもゴルフに勝利したおかげです。おめでとうございます」
なにがおめでたいものかと言おうとしたが、咄嗟のことで口から漏れるのはヒューヒューという息だけだ。
「ずいぶんやつれてしまわれて。大丈夫ですか?」
大丈夫に見えるのか、お前には。だいたい話が違うじゃないか。あの時俺はゴルフに勝った。だから寿命も延びた。それなのになぜガンは治らない?
「俺の……体……どうなって……んだ?」
なんとか声を絞り出すと、死神はフフンと笑った。
「あなたはもともとガンを持っていたのですよ。本来ならそれが見つかる前に、あなたは交通事故でなくなる運命だった。しかし、あなたはゲームに勝利し寿命が延びた。だからガンも発見された」
そんなバカな。俺のガンは最初のゴルフの対戦相手から貰ったものだとばかり思っていたのに。
死神は俺の枕元に立つと、何かを数えるように指を折る。
「金髪の少年が73年、眼鏡の少年は80年、もう一人の男性は47年。合計200年の寿命が加算され、あなたは今日で100歳になったのですから残り135年ということです。その間にどれほどガンが進行しようとも、あなたは死ぬことができません」
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