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プロローグ
実の弟を殺めた。
弟の名は、源九郎義経。宿敵である平家を滅ぼした、源氏の英雄。
そして私──源頼朝は、そんな弟を死へと追いやった。
天才肌で、戦上手で、人気もある。それでいて性格に裏表がなく、それゆえに政治的な駆け引きには向かなかった九郎。そんな彼は、鎌倉幕府にとって危険因子だった。
私は源氏の棟梁として、兄弟への情を殺した。大人になってから初めて会った弟だ、彼への情を殺すのは簡単だと思った。
それなのに。
九郎が死んだ後、彼は幾度も夢に現れた。
そして夢の中で、兄上、兄上、などと馬鹿みたいに慕ってくる。
『お会いしとうございました、兄上──』
そんな風に、つぶやいて。初めて会ったときの、涙ぐんだ笑顔で見上げて、兄上、などと私を呼ぶのだ。
朝起きるたび、ひどい胸痛に苛まれた。
そのまま胸が張り裂けそうだった。
九郎、とこちらも返したくなる。せっかく殺した彼への情が、息を吹き返す。殺された恨みつらみを言われた方が、よっぽど楽だった。
時折考えた。自分と弟の関係が、もう少し違ったものだったら。異母兄弟などではなく母が同じで、年が近くて、もっと早くに会えていたなら。
もしも、自分が源氏の棟梁でなかったなら。
お互いにもっと。兄弟らしくあれただろうか?
弟がこの世からいなくなった、それからの日々。
弟の夢に苦しめられ、私は今、夢遊病に侵されている。妻の政子が、必死にそのことを周りの御家人たちに隠してくれてはいるが。
私はもう、限界だと思った。
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