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 雨がぱたぱたと窓ガラスに当たる。外壁、地面、屋上、草木。跳ねた雨粒が大きな波のように、校舎中を包んでいた。  誰もいない生徒会室は静かで、棚へ向かおうとしていた足がふと止まった。  教室以外で一年間、朝や放課後を何度も過ごした場所。ぐるりと見回しても、特別湧いてくる感慨はなかった。  進級を終えて落ち着いて、新しい生徒会役員が決まったのは二週間前。引継ぎの打ち合わせも全て終わって、あとは俺がこの部屋に置いた私物を片付けるだけ。 (ほとんどないけど)  律儀にも手伝いを申し出た後輩を断った半分は、そういう理由だった。もう半分は、一人で落ち着きたかったから。  家でも一人の空間は作れる。父親も母親も仕事で家をあけることが多く、家族全員がそろうことはあまりない。けれど今の俺は、一度家に入ってしまえばどうあっても一人になれない。 (なんでこんな)  鍵をかけた生徒会室に誰かが入ってくることはない。俺は何にもはばからずため息をついた。  家に入ると意識をしてしまう。最近、あいつに頭を埋められるのだ。  帰路から家が見えた時、玄関を開ける前。夕食の合間、ベッドの中。ふとした瞬間に、いくつかの壁を隔てた向こう側にあいつがいる、と思ってしまう。  同じ囲いの中にいるのだと、妙に意識をしてしまう。  そうでなくとも授業の途中に、友人と話している最中に。雨が降った時、虹がかかった時、夕焼けが広がった時。そういう何でもない時に、ふと思い出してしまうのだ。  こんなことは今までなかった。  理由は分からない。しかし原因なら思い当たるのだ。  あいつへの接し方を変えればいいのだと思った、あの次の日。  朝にあいつの部屋へ行って、この先どう接するのがいいか決めようと、そのためにあいつを観察しようと思って――そして、分からなくなった。  部屋に入った直後、自然とあいつを見て、目が合って (笑った) 零は、やわらかく笑ったのだ。  言葉をなくすほど優しい、慈しみにくるまれた綺麗な笑み。  たまに見せる小さな笑み。それよりも浮き立つような、触れたら消えてしまうそうな、優しくてやわらかい、綺麗な笑み。  俺が目を合わせた格好になったそれを、認識したかに思えるタイミング。目が合った一拍後。  期待に膨らむ蕾すら葉の陰に隠していた花が、ほころんで満開までひらくような。  ざわりとなでられた心臓が、いつもと違ってむずがゆかった。くすぐられるような感覚に、心臓がいるべき場所を見失った。
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