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 あいつが何を考えたのか、自分が何を思ったのか。出そうとした答えは、その尻尾すら未だに見つからない。  その場は反射で取り繕ったものの、考える度に呼吸を繋ぐ心臓が、とんとんと自身の存在を訴える。  敵対する大勢を相手取ってはない。何の窮地にも立たされていない。大抵のことでは緊張しない精神ができあがっている。  それのにこれは、一体なんだというのか。  それから分からなくなってしまった。  今まであいつとどう接していたか。どれが普通だったか。平常を保とうとすればするほど、迷路に深入りしていくような感覚に陥る。  あいつと接している自分を俯瞰で眺めている自分がいて、その時はテレビでも見るように、ひどく冷静に振る舞っている。  それなのに急にある瞬間、自分の器の中に意識が落ち込むのだ。薄氷を踏み外して水に落ちるように、溺れるような息苦しさを覚える。  心臓の奥の奥が熱を持って、引き絞られるように痛くなる。  どうしてか。  その理由が分からないのがまた、気持ちが悪い。 (上手くいかない)  あいつのことだけ、俺が俺自身を思うようにコントロールできないのだ。  学業に差し障りはない。父親の仕事の手伝いも滞りない。友人からも、両親からも何も言われていない。他のことはまるで普通にできている。  体面は保てているのだ。  何があっても平静に。例え動揺したとしても、内側だけに留めること。  その教えがこんな風に役立つなんて想像もしなかった。一から十まで分からない。これほど知らない世界が、どうしていきなり身近に現れたのか。  それともずっと、傍にあったのだろうか。  手品のタネのように。用意された仕掛けのように。布で覆われて、巧みな演出に気を取られて、気づかないように隠されていたのだろうか。 (まさか)  考えすぎだ。自分の思考に首を振った。  久しぶりの分からなさに戸惑って、考え方すら迷子になりかけている。  そうだ。理由はそれかもしれない。  分からないから気になる。思い出してしまう。だから知りたいと思う。それは知識欲に似ていて、分からないあいつのことを、そこに繋がる自分のことを知りたいだけ。  この世界の全てを分かり得るなどとは思っていない。それはただの傲慢だ。  しかしこれは違う。俺の手が届く範囲のことだ。身内の、家族の、兄弟の。この世界で最も、俺と近い存在の。  俺が踏み込んでも、知ろうとしてもいいことだ。 (いい、よな)  さあ、と雨脚が強くなる。風向きが変わったのか窓ガラスに衝突する粒はない。静かに、けれど力強い雨の帳に覆われた光景。湿気が身体にまとわりつき、雨の匂いが濃くなっていく。 (そういえば、昔)  その匂いが脳裏の更に奥深く、暗闇にたどりついて紐を引いた。
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