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(あーあ)  同時にまぶたが伏せられて瞳が見えなくなる。僕は心の中だけで嘆息して、両腿の上、布団がかかった足の上に新聞紙を置いた。  この瞬間だけ、僕は世那は最も近くなれる。一日一回、たった一つのご褒美。  もう少し長くあってもいいんじゃないかとたまには馬鹿げたことも思うけれど、でもこれもまた、僕が望んだことなのだ。  これでいい。 「――行ってくる」  固い殻で覆われたワントーン低い声も、僕しか知らない。 「行ってらっしゃい」  もう一度笑顔を見せると、世那はさっと踵を返して部屋を出ていった。ぱたんと閉ざされたドアの音が部屋に響く。  階段をおりる足音がして、今度こそ家の中は静かになった。 (言えばいいのに)  毎朝見続けて、もう細部まで分かってしまう世那の顔。脳裏に浮かんだ表情に、僕は小さく笑みをこぼした。   嫌いだって、嫌だって言えばいい。もうここには来ないって。世那がドアを開けなければ、僕と会うこともない。それなのにそうしないのは、世那の性格ゆえ。本当はとても優しくて、真面目だから。  あんな態度を取る反面、まだ本気で僕を嫌ってはいないこと。仮にも双子である世那と僕の関係を案じる母さんに、できるだけ毎日会うように言われていること。それらがあるから、顔を出すことをやめないのだ。  実際母さんの思惑としては、最低限度の接触を持たせたいだけなのだけれど、それを知らない世那は律儀に僕との面会をルーティンから外そうとはしない。  知ったとしても、か。  僕はこの先起こり得る――否、そうしなければならない未来を思って、どうするのが一番いいのか、と思考をめぐらせた。  世那は母さんの思惑を、その真意を知っても尚、僕のところへ来られるようにならなければならない。自ら進んで、そうするようにならなければいけない。  世那は僕を、簡単に切り捨てられるようにならなくてはいけないのだ。 (どうしたらいいのかな)  僕はそろそろ敷地を出たであろう世那を思った。  この窓の良くないところをあげるならばたったひとつ、中庭と空しか見えないこと。僕がこの家の中だけの存在であるために、あえてこいう作りにされた部屋をあてがわれているのは知っている。  けれども時折思うのだ。玄関の側が見られたらいいのに、と。  そうしたら毎朝世那を見送って、帰ってくる世那を待つことができる。そうしたらもっと僕は世那のことが分かって、世那との距離を離す何かも思いつくかもしれない。 (なんて)  本当は、僕がもっと世那を見ていたいだけなのだけれど。
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